第3節 ドミニク
研究室を出たエステルは、中庭を抜け、図書館へと向かっていた。今日はエントランスの出入りが多い。きっと、休みの前日だからだろうと、エステルは思った。
「あ・・・・・・」
入り口から見知った影が出てくるのを確認し、エステルは思わず大きな声で呼びかけた。
「ケーラーさ~ん! こんにちは~!」
「おや、エステルさん、こんにちは」
ケーラーはエステルへ優しい微笑みを向ける。腕には数冊の本が抱えられていた。
「いっぱい借りたんですね!」
「はい、ノースアカデミー出版の新刊が今日入ったところだったんですよ。皆さん、たくさん借りられてましたよ」
「え!? そうだったんですか! リサーチ不足でした!」
エステルが元気よく残念がる。
「ははは、私も今日、たまたま知っただけですよ。まだ何冊か棚にありましたし、エステルさんも今から見に行かれてはどうですか?」
「はい! そうしてみます。教えてくれてありがとうございます!」
「いえいえ、では失礼しますね」
そう言うとケーラーは寮へと向かって歩き出した。
(ケーラーさん、ドラゴンなのにいっぱい勉強してるなぁ。ドラゴンだからって、何でも知ってる訳じゃないんだ・・・・・・)
エステルは人間の姿をしたケーラーの背中を見送る。
(また乗せてくれないかなぁ)
最近、エステルはケーラーの姿を見る度、背中に乗りたくてたまらなくなる。しかし、迷惑だと分かっているので口には出さない。
(誕生日にだったら、頼んでもいいかもしれない)
エステルは密かにそんな野望を抱いていた。
図書館の新刊コーナーにたどり着いたエステルは、ケーラーが言っていたノースアカデミーの新刊を探してみる。
(あ、あったあった。これだ)
やや薄めの読みやすそうな本だった。表紙には、丸っこい感じのタイプフェイスで『初級精霊の召喚~風の精霊編~』と書かれている。裏表紙をめくったところで確認すると、後、『火』『水』『土』の各精霊編が出版予定らしい。
(うわぁ、可愛いなぁ!)
本をペラペラめくりながら、エステルは愛らしい精霊のイラストに釘付けになっていた。
「うわぁ、この子、召喚したい!」
思わず声が出ていた。
「この精霊・・・・・・召喚したいの?」
「--ひぃ!?」
いきなり頭の上から声をかけられてエステルは大きな悲鳴を上げた。案の定、周りの神経質そうな視線を集めてしまった。
「ちょ、ちょっと! いきなり話しかけないでくださいよ!」
エステルは後ろを振り返り、小声で声の主に抗議する。
「あ・・・・・・ごめんね。気付いたら声かけてって言われてたから、タイミングを図ってたんだけど・・・・・・すごく集中してたから・・・・・・」
声の主は気の弱そうな笑顔を向ける。
「え!? じゃあ、結構前からここにいたんですか?」
「うん・・・・・・エステルさんがこのコーナーに来る前から一応、いたんだけど・・・・・・」
「え、そうだったんですか。ごめんなさい、気付かなくて・・・・・・」
「いや、いいんだよ・・・・・・僕、影が薄いからね」
「そ、そんなことないですよ! ドミニクさんは落ち着いてるから、周りと同化してるだけですって」
エステルは必死にドミニクのネガティブ発言を否定する。
「そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫なんだけど・・・・・・」
ドミニクはその様子に苦笑する。彼自身、影が薄いことを別に気にしてはいなかったが、超ポジティブのエステルにはその感覚が分からないらしい。
「影が濃いときもありますし!」
「え?」
「『召喚法』のときは、すっごく濃いです!」
「ははっ、どうも」
エステルはドミニクと選択科目が丸かぶりしていた。『時空法』と『召喚法』--どちらもたまたまだと思っていた。しかし、それは違った。彼はエステルの祖父バークリーが彼女を守るために雇ったプロの魔法律家だったのだ。自分を守るために監視している学生がいると知ったエステルは、祖父にその人物たちを全員紹介してもらった。祖父が雇っていた魔法律家は、ドミニクの他にケーラーと、アシュリー・モアという二十歳の女性、そしてイザーク・ベルカという二十七歳の男性だった。ケーラー以外、ほとんど話したことのない三人だったが、みんなとても感じのいい人物だった。特にドミニクはあの少人数の『時空法』で一緒だったのにも関わらず、何か怖そうという理由だけで特に仲良くなろうと努力しなかったのが大変悔やまれた。
「ドミニクさんが召喚した『ケルベロス』、すっごく可愛かったですよ!」
「あいつを可愛いという人は初めてだけど・・・・・・でも、気に入ってもらえたなら良かったよ」
ドミニクは『召喚法』に特に秀でていた。その理由は祖父に紹介してもらったときにちゃんと聞かされていた。ドミニクは『魔女』と呼ばれ畏れられてきたミルドの民の出身だったのだ。もちろん、ドミニクは男性ではあるが、ミルドの民を畏れる人々は男女関係なく『魔女』と蔑称した。彼は自分がミルドであることを隠してはいなかったが、自ら進んで伝えることもしなかった。しかしそれでも『召喚法』の受講者は全員、彼がミルドだと知っていた。『召喚法』での活躍が目を引きすぎるからだ。
「私も、初級精霊でいいから早く召喚できるようになりたいです」
エステルがニコニコしながら言う。
「勉強すれば必ずできるようになるよ。別に僕が特別なんじゃないから」
「いえ! 特別ですよ!」
「え・・・・・・」
一瞬、ドミニクの顔が少し歪む。
「だって、あんなにラクラク、精霊を召喚できるんですもん! ロックが言ってました。『才能を伸ばして自分だけの特別を見つけろ、それが勉強だ』って。私も今、特別を探してる最中なんです。早く見つけたいです」
エステルがニコッと微笑む。ドミニクはその笑顔を見て、少し恥ずかしくなった。
「そう・・・・・・そうだね。僕の召喚も特別だね・・・・・・エステルさんも、たくさん才能あると思うから、色々伸ばしてみるといいよ。まだ若いしね」
「ドミニクさんだって、まだ二十五歳じゃないですか」
二人はフフッと顔を見合わせて笑った。
「その本、僕の恩師が書いた本なんだ。彼もまだ三十歳なんだけど、誰もが召喚法を正しく修得できるように、平易な文章を心がけて書いたって言ってた。その本を読んで、エステルさんが召喚できたら、彼もきっと喜ぶよ」
「え、そうなんですか!? じゃあ頑張ります!」
「うん、頑張って。それじゃあまたね」
そう言ってニコッと笑うと、ドミニクはエントランスへ向かって歩き出した。
エステルも『初級精霊の召喚~風の精霊編~』を借りると、自習する予定だったことも忘れてウキウキした気分で家路に着いた。




