第1節 泥棒じいさん
「え・・・・・・何ここ」
目が覚めたエステルは、自分が見知らぬ場所にいることに気付く。いや、完全に見知らぬ場所とは言えない。隣にはロックがいるし、頭の下にはさっきの木の根っこがあった。しかし、そこは洞窟ではなかった。庭はずうっと向こうまで続いているし、広い庭の中心には大きな屋敷が建っていたのだ。
「ちょっと! ロック、起きてよ! ねぇってば!」
エステルはロックを思い切り揺さぶる。しかし全く目を覚まさない。
(そうだ・・・・・・賢者って、魔力回復するための睡眠に入ったら、なかなか起きないんだっけ・・・・・・)
エステルは一月前のロックの様子と、それよりもっと前の式典後の祖父の様子を思い出して大きな溜め息を吐いた。
(今、悪い人に襲われたら世界の終わりだね・・・・・・)
こんなことで身が守れるのだろうか--エステルはロックの無防備さに心底呆れかえっていた。
(これからどうしよう・・・・・・あ、そう言えば、クイーンはいるのかな?)
ふと思い出して辺りを見渡す。しかし、クイーンの姿はない。
「クイーン! クイーン!? どこにいるの!? 出てきてよ!」
エステルは大声でクイーンを呼び続けた。すると--
バササッ--
「クイーン!?」
鳥の羽ばたく音にエステルはバッと顔を向ける。
「あれ?」
彼女の目線のすぐ先には、クイーンと同じくらいの大きさの青い鳥の精霊が浮遊していた。しかし、その鳥はクイーンではない。
「あの!」
エステルは精霊に話しかける。しかし、精霊は怯えたような表情をしてどこかへ飛んでいってしまった。
「そんなぁ・・・・・・話聞きたかっただけなのに」
見た目だけでは何の精霊か判断できなかったが、中級精霊以上なら会話ができるはずだ。そう思って声をかけたのに、端っから拒絶されてしまい、エステルはかなり落ち込んだ。
「やはり、貴女は『ミルド』なのですか?」
「えっ!?」
背後からの人の声に驚き、エステルは後ろを振り返った。
「あ! よかった! こんにちは!」
エステルの目の前には、祖父バークリーより幾分年上の白髪の紳士が立っていた。燕尾服を着て、白い顎髭を生やし、いかにも神経質そうな顔をしている。地味な雰囲気だが、その黒い瞳だけはやけに印象的だ。見つめていると、闇に吸い込まれてしまいそうだった。
「あの! 私たち、何でこんなところにいるのか分からなくて--」
「質問に答えてください」
「え・・・・・・」
男性はエステルの話を遮りピシャリと言った。
「あ、あの・・・・・・何でしたっけ質問?」
エステルは何か聞かれていただろうかと思った。
「・・・・・・貴女は『ミルド』なのですか、とお聞きしました」
「あぁ! そんなこと言ってましたね! いいえ、『ミルド』じゃありません。それがどうしたんですか?」
エステルの返事に、男性は少し面食らっている様子だったが、すぐに調子を取り戻し、更に質問を被せてきた。
「では、どうして貴女はこれをお持ちだったのでしょう? この布は、ミルドが使うものですが」
男性は腕にかけていたグリーンの布を広げた。それは紛れもなく、エステルがドミニクから借りていたあのストールだった。
「あ、それ私のです」
エステルは手を伸ばし、男性からストールを受け取ろうとする。しかし、男性はエステルの手をパッと払った。
「--!?」
エステルは何が何だか分からず、目を丸くする。
「やはり貴女の物なんですね。では、召喚していただけますか?」
「え・・・・・・」
エステルはますます訳が分からなくなった。どうして知らないおじいさんにいきなり謎の質問をされ、自分の持ち物--正確にはドミニクから預かっているだけだが--を返して貰えないのだろう? と言うか、そもそもなぜあのおじいさんがストールを持っているのだろう? あれは確か、自分とロックの上に掛けたはずだ--そこまで考えて、エステルはある可能性に行き着いた。
「泥棒!」
「えっ!?」
「おじいさん、泥棒なんでしょ!? 返してよ! それ、借りてる物なの! 大事な物なんだから!」
エステルは泥棒じいさんを睨みつけた。
「・・・・・・泥棒、ですか。確かにそうなのかもしれませんね。ですが、これはお返しする訳にはいきません。これは・・・・・・」
「意味分かんないよ! 早く返してよ!」
エステルは、じいさんの話を聞く気は全くなかった。と言うより、怒っていて聞けなかった。
「ちょ、ちょっとお待ちなさい! 話は最後まで・・・・・・」
「先に返してよ! 今自首したじゃん! 泥棒ですって! 警備隊に連絡するんだから!」
エステルはもうヤケクソだった。じいさんからストールを奪い返そうと手を伸ばす--その時だった。
「『風の障壁』(ウィンドバリア)(風の法一四五条)--」
「きゃっ!?」
じいさんのいる辺りを中心に地面から突風が吹き出した。エステルは後ろ向きに軽く吹き飛ばされる。
「・・・・・・いった~。あれ? 今のって?」
エステルは顔を上げると、座り込んだままじいさんを見上げて言った。
「『魔法律家』!?」




