第1節 上級精霊
「ほ~ら、ラッピー。怖くないでしょ?」
『ぴ?』
エステルは研究室にある大きな革張りのソファに腰掛けていた。ラッピーを膝に乗せ、ドラゴンのぬいぐるみ--エリックをそっと近付ける。
「ほら、ふかふかだよ? 触ってみて?」
『・・・・・・』
エステルはエリックの腕を持ってラッピーをなでる。ふわふわふわふわふわ--ラッピーは意味が分からなかった。
「エステルさん・・・・・・ラッピーが困ってるよ」
隣で本を読んでいたドミニクが見かねて声をかける。
「え? そうなのラッピー?」
『ぴぃ・・・・・・』
「下級精霊が怖いのは上級精霊の見た目じゃなくて魔力だから、ぬいぐるみで訓練してもダメだよ」
「そっかぁ・・・・・・じゃあやっぱりケーラーさんを連れてきて慣れさせるしかないのかなぁ」
エステルはラッピーとエリックを膝の上から降ろし、ソファに優しく置いた。
「・・・・・・ケーラーさんって、ホワイトドラゴン?」
ドミニクが遠慮がちに質問する。
「え? あ、そっか! ドミニクさんに言ってなかったですよね! そうなんです! でも内緒にしててくださいね!」
「うん、もちろん。でもドラゴンが人間から知識を学ぼうとするなんて・・・・・・珍しいこともあるんだね」
「珍しいんですか?」
「うん。上級精霊は、大抵人間のことを見下してるからね」
「そうなんですね。私、ケーラーさんしか知らないから--あ、もう一人知ってました・・・・・・」
エステルは少し口ごもった。
「? 誰?」
「アメリーさんと一緒にいる・・・・・・」
「あぁ・・・・・・フェニックスか」
ドミニクも苦笑いをした。
「フェニックスは冷たいだろう? エステルさん、ビックリしたんじゃない?」
「はい・・・・・・」
エステルは以前、アメリー・コレットと会ったときのことを思い出していた。アメリーの側には、いつもフェニックスと呼ばれる上級精霊がいた。本来の姿は炎の羽根を持つ巨大な鳥なのだが、アメリーと一緒にいるときのフェニックスは綺麗な男の人の姿をしていた。腰の辺りまである髪は燃えるように赤く、瞳は玉虫色で常に変化していた。とても話しかけにくい風貌だったが、エステルは勇気を出して一度だけ話しかけてみたことがある。しかし案の定と言ったところか--フェニックスはエステルを一瞥すると、つまらない物を見たとでも言うようにフイッと視線を逸らしたのだった。もちろん返事はない。エステルはショックでそれ以来フェニックスがトラウマになっている。
「フェニックスはアメリー以外に対してはみんなああだよ。僕も声すら聞いたことないからね」
「え! そうなんですか!?」
「フェニックスはアメリー以外の人間と話したりしないんだ。他の人間はみんな虫けらみたいに思ってるんじゃないかな・・・・・・いや、人間だけじゃないね。他の精霊も見下してる。大精霊は別だけど」
「どうしてなんですか?」
「さぁ・・・・・・分からないな。だけどそういう上級精霊は多いよ? だから契約するのに苦労するんだ。よっぽど気に入ってもらえないとムリだね」
ドミニクは手にしていた本を目の前のテーブルに置くと、更に深くソファに身を沈めた。
「ドミニクさんは上級精霊と契約してますか?」
「してるよ」
「「えっ!?」」
驚きの声が二つ上がった。エステルとドミニクは思わず前のソファで寝そべっていたダンテを見る。
「起きてたの、ダンテ?」
「ずっと寝てねぇよ。横になってただけだ。それよりよ・・・・・・」
ダンテは体をぐっと起こしてソファに座り直すと、エステルとドミニクに向き合った。
「ドミニクの上級精霊は何てやつなんだ?」
「あぁ、えっとね・・・・・・あ、そうだ、クイズにしよっかな?」
「クイズ?」
ドミニクはニコッとイタズラっぽく微笑むとソファから立ち上がった。二人から少し離れ、いつも肩に掛けている大判のストールをバッと広げる。
「「--!?」」
深いグリーンのストールには、金の刺繍で大きく複雑な魔法陣が描かれていた。
「これだーれだ?」
ドミニクが楽しそうに二人に問題を出す。
「これが上級精霊の魔法陣なんですか!?」
「そうだよ」
「すげぇな・・・・・・」
エステルはストールをよく見ようと身を乗り出す。ダンテも眉間に皺を寄せて真剣に観察を始めた。
「・・・・・・光、と風が混じってるな。『セイレーン』か?」
先にダンテが回答する。
「ブーーッ! でも惜しいよ。光と風の精霊っていうのは合ってるよ」
「あっ! 分かった! はいはい!」
エステルは元気よく手を挙げた。
「はい、エステルさん」
「『極楽鳥』じゃない!?」
ドミニクはニコッと笑った。
「正解!」
「やったぁ! ダンテに勝ったよ!」
「何かムカつくなぁ」
『極楽鳥』は金と青と緑のコントラストが美しい巨大な鳥の精霊だった。派手な外見は特に上流階級の人々に好まれ、絵画やタペストリーなどの調度品に、よくその姿が描かれている。
「でもよ・・・・・・こんなの俺らに見せてよかったのか?」
上級精霊の魔法陣は、下級・中級の精霊の魔法陣とは異なり、そのほとんどが公開されていない。契約者が企業秘密にしているからだ。
「僕は魔法陣を非公開にするつもりはないよ。契約相手は当事者同士で決めればいいことだからね。前契約者が口をはさむべきことじゃない」
ドミニクは真剣な表情をして言った。
「ねぇ、ドミニクさん! 触ってみてもいいですか!?」
「いいよ」
ストールはエステルに差し出された。
「うわぁ! サラサラ!」
エステルはストールの滑らかな手触りに驚いた。刺繍に使われている金糸もキラキラと宝石のように輝いている。
「それは絹を素材にミルド独自の製法で加工した最高級の布なんだ。糸もエルフから買い付けた特殊な物だよ。両方ともすっごく高いけど、上級精霊の魔法陣だからと思って奮発したんだ」
「へぇ~! すご~い!」
「やっぱ、高い布使った方がいいのか?」
ダンテも興味津々でストールを触らせてもらう。
「基本的にはどんなのでも召喚の負担は変わらないけど、高い物の方が破れにくいし、汚れにくい。糸も簡単には切れないんだ。管理がしやすいよ」
「そうか。やっぱ金、貯めないとな」
「ダンテも召喚するの?」
「そりゃ行く行くはな。せっかく召喚法取ってんだ。一体くらい、契約したい」
「召喚したら見せてね」
「あぁ」
二人は散々、知的好奇心を満たした後、ドミニクに丁重にお礼を言いストールを返した。




