第1節 身体測定
「あれ? ロック、何見てるの?」
授業後、エステルはいつものようにロックの研究室を訪れた。ロックは机に向かって、何やら真剣な目つきで一枚の『書類』を見つめている。
「エステル、朗報だ! ちょっと、これを見てみろ」
「え!? なになに?」
エステルはロックの肩越しに書類をのぞく。
「身長百六十五センチメートル、体重五十二キログラム--って、何これ?」
「俺の『身体測定』の結果だ」
「え? ロックも身体測定してたの? 先生なのに? て言うか、これのどこが朗報なの?」
エステルは小首を傾げた。
「分からんのか?」
「え・・・・・・うん、ごめん。分かんない・・・・・・」
これも何かの課題だったのだろうか--答えられなくて呆れられたのでは・・・・・・と、エステルはロックの顔をのぞき込む。しかし、そこにあったのは満面の笑みだった。
「伸びたんだ!」
「え?」
「身長が二センチ伸びたんだ!」
「・・・・・・」
「何だ? 反応が薄いな」
ロックはキョトンとしている。
「いや・・・・・・それのどこが『朗報』なのかなって思って」
それに分かるわけないじゃん、とエステルは思った。
「はぁ・・・・・・本当に分かってないな。いいか、俺の身長が伸びたということは、俺の『体の時間が進んだ』ということなんだ」
そこまで言われて、エステルはようやく気が付いた。
「あ、そっか! ロック、今まで歳取らなかったんだもんね! ロックの時間が五十年ぶりに進み始めたってことだね!?」
「その通りだ。『タイム』を解除したから、当然と言えば当然なんだが、実際に成長を確かめてみるまでは不安でな・・・・・・ほら、今『身体測定』の時期だろう。だから、さっき学生に混じって測ってもらってきたんだ」
「そっかぁ、よかったね! これからは、ちゃんと歳取れるよ!」
「あぁ、よかった」
二人はニコニコと笑い合った。
ガチャ--
「おい、ロック。話って、何だ」
研究室に長身の青年が現れた。
「おぉ、ダンテ! 聞いてくれ、身長が二センチ伸びたんだ!」
「・・・・・・それが話なら一発殴ってもいいか」
ダンテの口元が引きつる。
「ダンテ! これはすごいことなんだよ! ロック、これから私たちと同じように歳取れるんだって!」
エステルが興奮気味にダンテに説明する。
「歳・・・・・・? あぁ、そうか。『タイム』を解除したんだもんな。体の成長が再開したってことか」
ダンテが感心したように言う。
「そうだ! とても喜ばしいことだ! これからグングン大きくなるぞ。ダンテ、お前は今、何センチある?」
「身長か? 昨日、測ったとこだな。百九十六あったけど」
「よし! じゃあ、百九十七を目指そう!」
「・・・・・・対抗してくんなよ」
ダンテは無邪気に対抗意識を燃やしてくる六十五歳の少年を呆れ顔で見下ろす。
「で、話って何だよ? まさかホントにそれが話だって言うんじゃねぇだろうな」
「そんな訳ないだろう。もっと大事なことだ。エステル、悪いが席を外してくれないか?」
「え・・・・・・うん、いいけど」
エステルがロックの弟子になってから、もう三週間が経つ。
エステルは、放課後はいつもロックの研究室で課題に取り組んでいた。すぐに質問ができて便利だからだ。ロックが使用している大きなマホガニー製の机のすぐ後ろ、壁向きに設置された標準サイズの机が、エステルの指定席であった。応接用の机で身を屈めて勉強する彼女を見かねて、ロックがわざわざ買ってきてくれたのだ。だからもうこの研究室はエステルの自習室でもある。来客の際も、一度も外に出されたことはなかった。たまに学園の運営に関する秘密性の高い会話がなされることがあったが、エステルがバークリー校長の孫ということもあり、聞かれることを気にするような客はいなかった。ロックも全く気にする様子はなかった。席を外すよう言われたのは今回が初めてだった。
「来たとこなのに悪いな。ちょっと長くなるかもしれないし、今日は寮で勉強してもらえるとありがたいんだが・・・・・・」
「うん、分かった。じゃあ、また明日ね! ダンテもまたね!」
のけ者にされたようで、少し寂しい気持ちがしたが、詮索してはいけないと言い聞かせる。
「明日は大丈夫だから。またな」
「じゃあな」
二人もエステルに声をかける。
(寮でもいいけど、久し振りに図書館で勉強してみようかなぁ)
研究室を出たエステルは、少しモヤッとしてしまった気持ちを回復させようと、軽快な足取りで図書館へ向かっていった。




