第7節 エステルとクレア
「うわぁ~~! 可愛い!」
「でしょ~!」
エステルは寮に帰ると、早速ラッピーをクレアに紹介していた。
『ぴぃ』
「きゃ~~! ぴぃだって! 可愛い!」
「でしょでしょ~! もう、ラッピーってば世界一可愛いよ~!」
『ぴ、ぴぃ・・・・・・』
ラッピーは年頃の女の子のマックスなテンションにたじろいでいた。
「で、この頭に付いてるの何なの?」
クレアがラッピーのおでこに付いたシールを指さす。
「うん、それ対価なの」
「え、対価!? 食べ物じゃないの!?」
精霊は対価として甘い食べ物を要求することが多い。それは召喚法を学んだことがなくとも、魔法律家であれば誰もが知っていることだった。精霊界で実体のない精霊たちは、物質界で実体化したときにしか手に入れられない物を欲しがる。その最たる物がスイーツなのだ。
「うん、私も最初キャンディ用意してたんだけど、受け取ってもらえなくてすっごく焦ったんだよ! そしたらドミニクさんがね--」
そこまで言ってエステルはハッとする。クレアの前でドミニクの話は禁句だった。だがここまで言ってやめてしまうと逆に気を遣ったことがあからさまだ。どう言葉を繕っていいのか分からず、エステルは思わずクレアから目を逸らしてしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「エステル・・・・・・」
「あ、ご、ごめんね! ラッピーったら、私の六法に付いてたシールつつきだしてね! これが欲しいの?って聞いたら『ぴぃ』って! 可愛いよね!」
「エステル・・・・・・」
「それでね! ラッピー、おでこに貼ってほしいって言うんだよ! ハゲちゃうかもって、心配だったんだから!」
「エステル・・・・・・ごめんね」
クレアはそう呟くと、突然ポロポロと涙をこぼし始めた。
「え!? ど、どうしたの、クレア!?」
エステルは初めて見る親友の涙に慌てふためく。
「私・・・・・・気を遣わせちゃって・・・・・・エステル、何も悪くないのに・・・・・・」
クレアは俯いて声を震わせた。
「クレア・・・・・・」
「私・・・・・・ほんとは分かってるの。ミルドが・・・・・・全員、ヒドいことする訳じゃないって。ミルドもたくさん、ヒドいことされて来たって・・・・・・」
「・・・・・・」
「でもね・・・・・・嫌いなの。『ミルド』はね・・・・・・おじい様とおばあ様を--罪のない多くの町の人たちを殺したの。お父様の左目と左足も奪ったの・・・・・・」
「・・・・・・」
「アメリー・コレットが犯人を処刑したのも知ってる・・・・・・ほとんどのミルドが犯人に同情すら示さなかったって・・・・・・でもね、嫌いなの・・・・・・嫌いじゃなかったら、私、おじい様やおばあ様、それにお父様も裏切ることになっちゃうわ・・・・・・」
「・・・・・・」
クレアは苦しそうに言葉を紡ぐ。エステルはただ静かに聞いていることしかできなかった。
「でもね、それでエステルに気を遣わせちゃうなんて嫌・・・・・・私、本当に我が儘だよね・・・・・・」
「そんなことないよ!」
エステルが声を上げる。
「エステル?」
クレアは目にいっぱい涙を溜めてエステルを見つめた。
「我が儘なのは私の方だよ! 私、クレアの気持ちも知らないでドミニクさんと仲良くなって欲しいって思ってた・・・・・・クレア、これからは嫌なら言って! そうじゃないと私も悲しいよ・・・・・・私だってクレアに嫌な思いさせたくないもん・・・・・・! ドミニクさんの話ももうしないよ!」
エステルもすでに半泣きだった。
「エステル・・・・・・ううん。私、この前は本当に感情的になっちゃっただけなの。だから、ドミニクさんの話するの遠慮しないで? だって、そうじゃないと不自然でしょ? だけど、ドミニクさんとは仲良くなれないと思う・・・・・・それだけは許してほしいの・・・・・・」
「許すも何も・・・・・・クレアは全然、悪くないよ!」
「うう、エステル~~!」
「クレア~~!」
二人は抱き合ってわんわん泣き続けた。
ラッピーは、ただただ気まずかった。