第5節 偶然
(ドルバック先生がこんなにいい人だったなんて! う~、誰かに感想言いたいよ~!)
エステルは研究室が並ぶ廊下を歩きながら感動していた。
(ロックは知ってるのかな・・・・・・知ってるよね、ドルバック先生とお友達みたいだし)
そんなことを考えているうちに丁度ロックの研究室の前に来ていた。エステルは何となくドアを開けた。
「ん? エステルか。自習しに来たのか?」
ロックはさっきのドルバックと同じように机で本を読んでいた。
「ねぇねぇ、ロック! 私、今すっごくテンション高いの! 何でだと思う!?」
「え・・・・・・な、何でだろうな? なんかうまいもんでも食ったのか?」
「ブーーーッ! あ、でも美味しいものも食べたよ! さっき、ドルバック先生の研究室でクロエさんに『コルン』ご馳走になったの!」
「はぁ? 何でドルバックの研究室なんかに行ったんだ?」
「実はね・・・・・・」
エステルはクレアとのいざこざも含めて、さっきまでの出来事をロックに話した。
「ミルドのことを調べるのに、ドルバックとクロエに聞いたのか・・・・・・なかなか剛胆なやつだな、お前も」
ロックは呆れ果てている。
「う、それは成り行きで・・・・・・私もまさか図書館でばったり会っちゃうなんて思ってなかったから」
「俺に聞けば良かっただろう」
「うん・・・・・・最終的に分からなかったらロックに聞こうと思ってたんだけど、先に自分で調べたくて」
「ふん、お前も自主性というのが出てきたな。いいことだ」
ロックが感心する。
「ほんと!?」
「もちろんだ。人に頼ってばかりではいけない。いつかは自分も人に頼られるようにならなければいけない」
「そっかぁ! じゃあ、これからも頑張るよ!」
「あぁ、頑張れ--で、クロエの話を聞いてお前はどう思ったんだ?」
ロックは机から移動し、エステルの前のソファに座った。
「うん・・・・・・何か、偶然なのに可哀想だなって」
「ん?」
「あ、あのね! ミルドとそれ以外の人たちが、互いにいがみ合ってる理由は分かったよ? 悲しい歴史だなって思った。でもね? ドミニクさんがミルドじゃなかったら、クレアもドミニクさんのこと悪く思わないだろうし、その・・・・・・『アメリー・コレット』さんも、私がミルドだったら心を開いてくれるわけじゃない? でも、そんなのたまたまだよ。たまたま、ドミニクさんがミルドで、私がミルドじゃないだけなんだよ? そんなことを気にしてどうするのかな?」
「ふん・・・・・・」
ロックは顎に手を当てて少し思案した。
「例えばだ。例えば、俺の父親がお前の父親を殺してたとしたら、お前は俺とこんな風に話ができるのか?」
「え・・・・・・」
「たまたま、お前の父親を殺した犯人が俺の父親だった。どうだ?」
「・・・・・・そんなの、想像できないよ」
「想像できないのか? じゃあ、この話にお前が首を突っ込むべきじゃないな。お前はクレア・エンフィールドの気持ちもアメリー・コレットの気持ちも分からないんだから」
ロックはぴしゃりと言う。
「そ、そうかも知れないけど・・・・・・でも、何かおかしいよ! どうして、こんな偶然で、仲良くなれたりなれなかったりするの? 私、クレアとドミニクさんにも仲良くなってもらいたいよ!」
「何で仲良くならなくちゃいけないんだ?」
「それは・・・・・・二人とも仲良くなれるはずなのに、なれないのは悲しいから・・・・・・」
エステルは俯く。
「誰が悲しいんだ?」
「・・・・・・・・・・・・私」
エステルはロックの言いたいことが何となく分かった。だが、まだどこかで納得できないでいた。
「エステル、お前の気持ちはよく分かる。だが自分でないと解決できないこともあるんだ。気持ちの整理というのは、自分でないとできない」
「・・・・・・私、これからクレアとどう接していけばいいのかな」
珍しくエステルが暗い表情になる。
「普通にしていればいい。クレアは昨日謝ったんだろう? お前に当たってしまったのに気付いたんだ」
「私、クレアに何かしてあげられないのかな?」
エステルがロックを見つめる。
「エステル、いいことを教えてやろう」
ロックがソファにふんぞり返った。
「クレアはお前よりずっと大人だ」
「え! そ、そりゃあ、分かってるよ! クレアは私なんかよりずっと色々知ってるし、色々考えてるもん!」
「じゃあ、お前がさっき言ってた『偶然』についても考えてるとは思わないか?」
「クレアも・・・・・・?」
「そうだ、クレアは分かっているはずだ。だけど気持ちの整理が付かないんだ。もしかしたら一生付かないかも知れない。それを他人が無理やり付けさせようとしてもムダだ。彼女を傷つけることにしかならない」
「じゃあ私は、何もできないってこと?」
エステルは寂しそうな顔をする。
「基本的にはな。だが、もし相談されたら力になってやれ。それまでは干渉してやるな。それでお前たちの友情がどうこうなるって訳でもないんだ」
「うん・・・・・・」
「まだ納得できないか?」
不服そうなエステルの顔をロックがのぞき込む。
「あ、ううん。違うの。あのね、さっきの例えばの話なんだけどね?」
「ん? あぁ、俺の父親がお前の父親を殺してたらって話だな?」
「うん。私ね、もしそうだとしても、ロックとこうやって話せると思う」
「・・・・・・そうか」
「うん、さっきは答えられなかったけど、今分かったの。私、大丈夫だと思う。ロックはロックだし、私は私だもん」
エステルはニコッと笑った。
「エステル、もう一ついいことを教えといてやろう」
ロックは沈痛な面持ちでエステルを見つめる。
「お前みたいなやつは、この世界に少ない」
「・・・・・・」
「お前には理解できないことが、これからも沢山あるだろう。そのせいで傷つくことも多くなるはずだ。だがそんなときは俺に相談しろ。俺はお前よりずっと世界を知っている。指針くらいなら示してやれる」
「・・・・・・」
「何か暗くなってしまったな・・・・・・おいエステル、歌でも歌え」
「え!? 何、いきなり!? イヤだよ!」
唐突なロックの無茶ぶりにエステルは戸惑う。
「お前の相談に乗ったせいで、こんな空気になったんだ。責任をとれ」
「そんなこと言われてもムリだよ! 私、歌ヘタだもん! もう帰るよ、お腹空いたし!」
「あぁ、歌わないなら帰れ、帰れ。じゃあな」
「歌わないもん! 帰るもん!」
エステルはプリプリしながら研究室を出ていった。ドアはバタンと音を立てて閉まった。
「・・・・・・おい、お前ら、もう出てきてもいいぞ」
ロックがキッチンに向かって声をかける。中から微妙な表情をしたダンテとドミニクが出てきた。
「俺・・・・・・聞いてよかったのかよ」
ダンテがどちらともなく尋ねる。
「僕は・・・・・・多分、ダメだったんでしょうね・・・・・・」
ドミニクはものすごく申し訳なさそうな顔をする。
「そんなこと言うなら、途中で出てこればよかっただろう。盗み聞きしてたくせに、今更何気にしてるんだ」
ロックがしれっと言う。
「人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ! タイミングがなかっただろうが!」
「ロック先生・・・・・・申し訳ありません」
ドミニクはロックに頭を下げた。
「ん? 気にするな。エステルの教育は俺の役目だ」
ロックはそう言うとニコッと笑った。
「僕・・・・・・ここに来て、本当に良かったです・・・・・・」
ドミニクがポツリと呟く。
「いつか・・・・・・クレアさんとも仲良くなれたらと思います」
「うん、そうだな・・・・・・」
その後、ドミニクはすっかり冷めてしまった紅茶を淹れなおし、ダンテは水道の蛇口の修理を再開したのだった--