第4節 ミルド(2)
「・・・・・・話が大分逸れたわね。ミルドが上級精霊で反撃してたってとこまでは話したのよね?」
クロエが仕切り直す。
「はい」
「それでね、そういう状況は実はもう何百年も前から続いていたの。ミルドを畏れる人たちが攻撃を仕掛ける度に、ミルドの方も上級精霊で対応していた。だけどいつからか、ミルドの方が先に手を出すことも多くなっていったの。怖かったのよね・・・・・・ミルドも。やられる前にやってしまおうって思う人が出て来たのよ。でもそんなことしちゃ絶対にダメだった。上級精霊を正当防衛でもないのに人間を襲うために使役するなんて絶対にあってはならないことだわ」
クロエは眉を寄せ沈痛な表情になる。
「上級精霊はね、さっきも言ったけど本当にプライドが高いの。やれと言われたことは確実にこなすわ。それが町一つ潰すことだとしてもね」
「え・・・・・・」
エステルはゾッとした。
「やっちゃったのよね・・・・・・ついに。三十年前--まだ私も生まれる前の話だけど、私たちの仲間がやっちゃったのよ・・・・・・」
「・・・・・・」
「私も他のミルドから聞いて知ってるだけだけど、本当にむごかったらしいわ。文字通り、女子供も容赦なく・・・・・・って、ごめんなさいね!」
クロエが顔面蒼白のエステルを見て慌てる。
「あ、大丈夫です・・・・・・続けてください」
エステルには心当たりがあった。だからこそ、ここで逃げてはダメだと思った。気持ちを強引に落ち着かせる。
「本当にごめんなさいね! えっと・・・・・・それで、その事件が決定的になって、ミルドに対する迫害が大きくなって、『魔女狩り』が横行したって訳なのよ」
クロエはエステルに配慮して大分端折った。
「その・・・・・・その潰された町って、何て言う名前だったんですか?」
「北の『エンフィールド』っていう町よ・・・・・・」
「そうですか・・・・・・」
エステルはそれだけ聞ければ十分だった。もう、何もかも分かってしまった。寮に帰ってクレアと顔を合わせる自信がなかった。
「ありがとう・・・・・・ございました」
エステルは深々と頭を下げた。
「聞きたいことは聞けたのかしら?」
クロエが優しく声をかける。
「はい・・・・・・」
「何か聞き忘れたことはない?」
「はい。あ、いえ、一つだけ」
エステルは顔を上げた。
「なあに?」
「クロエさんは、ミルド以外の人を好きになれますか?」
「へ?」
クロエは意外な質問に面食らった。
「クロエさんも・・・・・・きっと、つらい思いをされてるんですよね。それでも、ミルド以外の人を信用できるのかなって思って」
エステルは上目遣いでクロエの様子を伺う。クロエはそんな彼女の様子を見て、ふふっと笑った。エステルはキョトンとする。
「あ、いえ、ごめんなさいね。意外な質問だったから。ふふ、そうねぇ。可愛いエステルちゃんのために『いいお話』も一つしといてあげようかしらね?」
「え?」
「私とドミニクの両親、実は二十年前の『魔女狩り』で亡くなってるの。あ、これがいい話なんじゃないわよ? 分かってると思うけど。でね、両親をなくして、行く宛もなかった私たち姉弟を、当時ノースアカデミーの研究員だった人物が引き取って育ててくれたの。もちろんミルドじゃないわ。彼もまだ十八歳だったのに、今思えば本当に大したもんだわ。普通だったら遊びたい年頃よ。しかもその年でノースアカデミーの研究員なんてやってるんだから、遊び放題だったはずなのに、ねぇ?」
クロエが唐突にドルバックに話を振る。彼は返事もせずに先ほど借りてきた本に目を落としていた。
「へぇ! すごい人ですね。私と三歳しか変わらないのに! 尊敬します!」
「そうよねぇ。私もエステルちゃん位の年になって初めてその人のすごさが分かったわ。十八でいきなり見ず知らずの子供を二人も育てろって言われたって、私にはムリだわ」
「ほんとにすごいです! じゃあ、その人はクロエさんとドミニクさんのお父さんなんですね!」
「え? ふふふ、そうねぇ。私たちのパパね」
クロエはくすくす笑い出した。
「今もお元気なんですか?」
「そうね、今もそこで本読んでるわ」
クロエがドルバックをチラッと見る。
「え・・・・・・」
エステルはドルバックの方に恐る恐る顔を向けた。一瞬目が合う。しかし、すぐに逸らされてしまった。
「え? え? えぇ~~~~~~~~っ!?」
エステルが絶叫する。
「ド、ドッドドルバック先生が! クロエさんとドミニクさんのお父さんだったんですか!?」
エステルは未だかつて無いほど噛んでいた。
「別に養子縁組みはしていない・・・・・・広めるなよ」
ドルバックが苦虫を噛みつぶしたような顔でエステルを睨む。
「何でですか!? 今すぐにでも広めたい位のいいお話です!」
「何が広めたいだ! いいか、一言でも他言してみろ。召喚法の単位は無いと思え!」
「ヒドいです! でもそんなにイヤなら言わないです!」
「あぁ! 絶対に言うな!」
「いいお話なのに・・・・・・」
「本当に言うなよ!」
ドルバックは必死でエステルに口止めをする。
クロエはそんなドルバックの様子を見ながら、楽しそうにくすくす笑っていた。