第2節 クロエ
(ミルド、ミルド・・・・・・と、う~ん・・・・・・思ったよりないなぁ)
翌日の授業は三限までだった。そこでエステルは、授業が終わると早速、図書館に『ミルドの民』の資料を調べに来ていた。
(魔法律史にちょこっと載ってる程度なんだよね・・・・・・もっと、ミルドだけに着目した本ってないのかな)
魔法律史の棚を全て調べ終わったエステルは、次は召喚法の棚へと移動した。召喚と言えばミルドだ。ここにある可能性もある。アルファベットAの文字から順番にそれらしいタイトルを探していく。
(『楽しい召喚法』、『火の精霊と魔法律』・・・・・・う~ん)
「全然ないんだけど」
「何を探しているんだ」
「え・・・・・・」
思わず漏らした不満に低い声で返事が返ってきた。
「あ、ドルバック先生・・・・・・」
声のした方向を振り向くと、神経質そうな中年男性が眉間に皺を寄せてエステルの方を見ていた。
「あの、ミル・・・・・・あ、何でもないです」
エステルはつい相談しかけて口を閉じた。ドルバックはドミニクやクロエと親しい。ミルドのことを調べているとバレたら、不愉快な思いをさせてしまうかもしれない--だが、『ミル』まで言ってしまうと、もう遅かった。
「ミルドについて調べてるのか?」
ドルバックは相変わらず眉間に皺を寄せたままだ。エステルは少し怖くなり、俯いて黙り込んでしまった。
「ん? どうした」
しかし、尚、ドルバックは追求をやめない。エステルが怖がっているのにも全く気付いていない様子だった。
「ちょっと、何女の子イジメてるのよ」
突然響いた美しい声色にエステルは顔を上げる。そこには深いグリーンの瞳をした妖艶な美女--ドルバックの助手のクロエ・ヴァレリーが立っていた。
「--!? 人聞きの悪いことを言うな、クロエ! 普通に会話してただけだ」
「声大きいわよ。怖かったわよね、エステルちゃん? ごめんね、この人、全然、空気とか読めないから」
クロエは笑顔でエステルに話しかける。
「顔も怖いしね」
「--!? 失礼なことを言うな!」
「だから、声大きいって言ってるじゃない」
案の定、周囲の迷惑そうな視線が三人に突き刺さる。
「エステルちゃん、ミルドのこと調べてるの?」
「え・・・・・・」
エステルはビックリしてクロエの顔を見る。しかし、クロエはニコニコと笑顔を崩さない。怒っていないことが分かり、エステルは少し安心した。
「あ、ごめんね。さっきちょっと会話が聞こえちゃったの。ミルド関連の本は、ここの図書館じゃ学生は借りられないわ。知りたいことがあるなら、私が教えてあげるけど? なんせミルドだからね、私」
そう言うとクロエは茶目っ気たっぷりにウィンクする。エステルは、そんなクロエの様子に完全に心を開いていた。
「はい。ミルドの民のこと、私あんまり知らなくて・・・・・・それで、調べようと思ったんですけど、全然なくて困ってたんです」
「何だ、そういうことだったのか。早く言えばよかっただろう」
「だから、あなたの顔が怖かったから言えなかったんでしょ」
「--!?」
「エステルちゃん、これから私たち、ドルバック先生の研究室に戻るけど、一緒に来る? そこでお話しましょうか?」
「いいんですか?」
エステルは遠慮がちにクロエを見上げる。
「ええ、もちろん構わないわ」
「私は何も言っていないぞ」
部屋の主が口を挟む。
「何か言いたいことあるの?」
「・・・・・・いや」
しかしすぐに黙った。
「じゃあ、行きましょうか!」
三人は図書館を後にすると、ドルバックの研究室へと向かった。