第11節 時空法(2)
「子供は元気でいいですね」
「一人、ジジイが混じってるけどな」
ロック、エステル、ユーリがダッシュでコロッセオに向かった後、大人組は半ば呆れながらその後を追った。もちろん、廊下を走ったりはしない。
「ところで、ダンテさん、ドミニクさん。あなた方、二人はどうして『調査官』に選ばれたのですかな?」
カーライルがこの日初めて二人に話しかけた。
「ん? あぁ・・・・・・何か、丁度よかったみたいだぜ」
ダンテはさすがに消去法だとは言いたくなかった。別に自分としてはそれでも構わないのだが、変な噂の原因を自ら作る気にはなれなかったのだ。
「僕も同じ様な感じです。どうして自分が、というのはありますが・・・・・・ロック先生には、何かお考えがあってのことだと思いましたので、引き受けることにしました」
ドミニクも当たり障りのないことを言う。
「ふむ・・・・・・そうですか」
カーライルもそんな二人の態度を見て、それ以上突っ込むことはしなかった。
「おい! 早く来い!」
『コロッセオ』の中心からロックが大人組に呼びかけた。
中央アカデミーに併設されている『コロッセオ』は、大陸随一の実践訓練場だった。学園の敷地の半分は占めようかという巨大な闘技場で、主に三年生が上級魔法律や召喚の実践を行うときに使用される。また、年に一度大きな魔法律の競技大会が開かれる場所でもある。一年生は滅多に使用することがないのだが、エステルたち召喚法受講者は、つい先日、召喚の実践のためにここを利用していた。
「よし! みんな来たな! まずは点呼を取るぞ! アレクサンドル・ケーラー!」
「はい」
「ダンテ・サルバトーリ!」
「へい」
「ドミニク・ヴァレリー!」
「はい」
「エステル・バークリー!」
「はい!」
「ジョン・カーライル!」
「はい」
「ニルス・ヘイエルダール!」
「はい」
「ユーリ・カンディンスキー!」
「はーい!」
「うん、みんないるようだな!」
ロックがニコニコしながら全員の顔を確認する。
「前回で全員が縦方向への移動に成功したんだったな! こんなに早く修得できるとは、私も予想していなかった。やはり、中央アカデミーの学生は優秀だな!」
「先生の教え方が素晴らしいからでしょうな!」
「はっはっは! カーライル、褒めても何も出んぞ」
ロックはそう言いながらも得意げだった。実際、彼の教え方はとても上手かった。『フロート』は、空間を移動する高度な魔法律だ。本来であれば三年生で習うかどうかというレベルである。しかし彼はあえてこれを実習に選び、全員の修得を約束した。そして、実践一回目にして、ユーリ、ドミニク、ケーラーが縦方向の移動に成功した。二回目で、エステル、ダンテ、ニルスも成功した。そしてなんと、あの十浪中の中年、ジョン・カーライルまでもが前回の実習で浮遊に成功したのだった。これには、カーライル以外の受講生全員が驚かされた。人の言うことを素直に聞かず、言い訳ばかりの人物だと思っていたカーライルが、上級魔法律『フロート』の修得に成功した--カーライルもそんなにバカではなかったのだと、みんな密かに見直したのだった。
そして、カーライル自身も自らの成功に感動のあまり体が震えていた。こうして、ロックのファンがまた一人増えたのだった。
「全員、成功したと言っても、修得状況に個人差はある。これからは個人個人で練習するとして、何か聞きたいことがあれば質問してくれ。と言うことで、好きに飛んでいいぞ」
「「わーい!」」
ロックの言葉を合図に、エステルとユーリがふわりと宙に浮く。二人ともすでに横方向の移動も修得しており、縦方向の移動と組み合わせて、かなり自由に空間を移動することができた。ただ、危ないのであまり高いところまで移動することはロックに禁じられている。地上二、三メートルの高さでフワフワと飛び回り始めた。
「あの二人は、本当に上達が早いですね」
ケーラーが無邪気な二人の様子に目を細める。
「二人とも素直ですからね。でも、あんなに高速で移動していると魔力の消耗が心配です」
ドミニクが困ったように笑う。
「ぶっ倒れても気にしねぇだろ。あいつらバカだからな」
ダンテも少し呆れ顔だ。
「おい! そこの『エステル親衛隊』! ちゃんと練習しろ!」
雑談中のケーラー、ドミニク、ダンテにロックの怒号が飛ぶ。
「はぁ? 何だよそれ?」
ダンテが眉間に皺を寄せる。
「そう言えば、ここにいる三人は、みんなエステルさんの護衛を仰せつかっているんでしたね」
ドミニクが『親衛隊』の意味に気付きニコッと微笑む。
「ははは。なるほど、そういうことですか。ダンテさんも護衛につかれたんですね。親衛隊員として、可愛いエステルさんをお守りしましょうね?」
「・・・・・・色々突っ込みてぇけど、今日は疲れたからやめとく」
三人もその後『フロート』の実践練習に専念し、この日の時空法はつつがなく終了した。