第8話
「ふぅ~。今日はこんなものでいいかなぁ~?」
お父様にあの部屋を追い出された後、私は再び庭で畑仕事に精を出した。
畑仕事をしている内に、男の事もすっかり忘れ去っていたのだ。
「後は、水をやって今日は終わりしよっと。夕食はなんだろぉ~。お父様がトマトを収穫されていたし、トマトスープなんていいよね・・・。あ、でもやっぱりトマトを使った鶏肉なんてのも・・・・」
想像するだけでよだれが出てきそうだ。
だが、そこは女の子。グッと我慢した。
「レディ!!」
ネイルの声が聞こえ、思わず肩がびくりとする。
「な、なにっ!?ゆ、夕食の事考えてよだれが出そうだったなんてことないよ!!」
反射的にそんな事を口走ってしまっていた自分にあちゃぁ~と目を覆いたくなる。
「はっ!?お前、またそんな事・・・・いや!!今はそれどころじゃない!!あの男がいなくなった!!」
呆れたように私を見たかと思うと、ネイルは思い出したように慌てて付け加えた。
「あの男?・・・えっと、今朝倒れてた方?」
「そうだよ!!まだ、碌に回復もしていないのにあいつ部屋から出たみたいなんだ!!」
「え?それって、お父様が許可されたわけじゃなくて?」
「あたりまえだろ!そうじゃなきゃ、こんなに騒いでないさ!!」
そういうと、ネイルは庭を後にして町の方へ走っていった。
残された私はとりあえず、垂れかけていたよだれを拭う。
「あの人逃げたのね・・・・。まぁ、こんなど田舎にいつまでもいたくないってことだろうけど、回復もしないうちにうろうろするのはやっぱりいかがなものかと思うのよね~」
そう言って、畑の向こう側にある草むらに視線を移す。
どうやら、向こうから出て来てくれる気はなさそうだ。
すたすたとそこへ近づくとそこにいるはずであろう人に声をかけた。
「それで隠れているおつもりですか??」
草むらはぴくりとも動かず静寂を保っている。
「・・・・・」
あえて私も声をかけない。
じっとその草むらを見つづけてみる。
「・・・・・こっちだ」
観念したのか男の声が聞こえた。
・・・・見続けていた草むらより随分と離れた方から・・・・。
「そ、そんなところに・・・・」
慌てて男のいる方に走っていくと男の顔がなぜか引きつっている。
「わ、わざとだよな?・・・ま、まさか本気だなんて言わないよな・・・」
何やらぶつぶつと一人で喋っている様なので、もう一度男に向き合って話しかける。
「体調が回復してないと聞きました。それなのに、そのお身体でどこへいかれるおつもりですか?」
腰に手を当ててぷうっと頬を膨らませて怒っているとアピールする。
この姿をすると皆私の言う事を素直に聞いてくれる。
かなり恐ろしいのだろう。だが、怒る時には怒らねばいけない。
「・・・・っ!?」
男もやはり怯んだ様子だ。
ここは一気にたたみかけてしまおうと男が口を開く前に、私は口を開いた。
「いいですか!人間何事も健康があってこそなのですよ!畑仕事をするにも、お家のお手伝いをするのも全て健康でなければ出来ません!!それをなんですか!?貴方は!!体調を回復してないうちから動こうだなんて!!それで酷くなったらどうされるのです?倒れたりしたら?余計に周りに迷惑をかける事がわからないのですか!?」
あ、なんか今、すごく王女っぽい事を言った気がする。
男を見ると私の勢いにぽかんとしている。
なんだか、すごくいい気分だ。私はそのまま男の手を握ると男を連れて歩きだした。
「わかったら、ちゃんと寝ていて下さいね。皆心配しています」
「・・・しんぱい?・・・」
私の言葉に男がぽつりとつぶやいたのに、私にはその言葉は聞こえなかった。
私はネイルに私が連れ戻したのよ!と言ってやろうと言う事ばかり考えていたから。