第4話
「ネイル!ネイルってば!!」
先に部屋を出ていったネイルが何を怒っているのかがわからずに私は必死になって後を追いかけた。
目を覚ましたばかりの人に向かって言う言葉ではない事くらいネイルにだってわかっているだろう。
「もう!ネイル!何を怒っているの!?」
やっと、追いついたネイルの肩をつかみ私はネイルを引き止めた。
「・・・別に怒ってるわけじゃない」
そっけなくそういうネイルに、私は深いため息をつく。
「うそ。怒ってるじゃない」
そう言ってネイルの視線に自分の視線を合わせれば、ネイルはバツが悪いようにため息をついた。
「・・・っはぁ・・・。ちょっと腹がたっただけだ。助けてもらっておいてあの態度。一体何様のつもりなんだ」
ネイルの言葉に私は納得した。
ネイルは人一倍、そういう事にうるさいのだ。
「きっと、高貴な方なのよ。そういった方ならそんな簡単に民に頭を下げるような事はしないわ」
「だけど!!レディはこの国の王女だろ!だったら、あいつよりえらい立場かもしれないじゃないか!!」
ネイルの言いたいことはよくわかる。しかし、国の名を言っても首をかしげていた人にこの国の王女の顔などわかるわけがないだろう。それに、
「ネイル・・・。よく見て?私の格好で王女だと判断できる人がいるかしら?彼はこの国の人間じゃないのよ?」
その言葉にネイルも眉を寄せた。
「・・・わかってる。それでも、礼のひとつもないのはどうかと思うだけだ」
そういうとネイルは足早にクワラ爺の元へと向かっていった。
「・・・・ネイルのいいところだとは思うんだけど・・・」
どうにも頭が硬いというか、融通が効かないというか・・・。
それでも、ネイルはどんな人にでも悪いことは悪いと言うし、自分の非も認められる人だ。
私がこの国の王女だろうがなんだろうが、ネイルは私を一人の人間として接してくれる。いや、ネイルだけではない。言葉こそ丁寧に接してくれるが、この国の人々は私の事も自分の子と同じように接してくれる。
そして、それが私達にとっては当たり前の事だった。
だからこそ、ネイルも他国の人でも許せない感情が湧いてくるのだろう。
なんて、考えている間にネイルの姿が見えなくなってきたので、私も慌てて追いかけていった。
「クワラ爺~!」
城の一角に住んでいる医師のクワラの部屋に入ると、そこには既にネイルがクワラ爺の側にいた。
「ほっほっ!姫様例の客人は目を覚まされたそうですな」
部屋に入った途端、クワラ爺はネイルから聞いたであろうそのことを口にした。
「ええ。急に体を起こしたから少しふらついていらっしゃったけど、問題はないと思うわ。でも、一応クワラ爺に見てもらおうと思って。今から来てもらえる?」
ちらりとネイルを見ると、ネイルは私に背を向けていた。
「あぁ、今から行こう。さて、姫様ご一緒願えますかな?」
クワラ爺はいつも診察に行くときに抱えているカバンを持つとよいしょと椅子から腰を上げた。
「えぇ・・。ネイルは・・・・」
どうするの?そう言いかけた言葉を遮ったのはクワラ爺だった。
「へそ曲がりは放っておけばよかろう。さて、姫様行きましょうかね?」
そう言うと、クワラ爺はさっさと部屋を出ていってしまった。
ちらりとネイルを見たら、ネイルも背を向けたまま行ってこいとでも言うように手を振っていたので、私はあわててクワラ爺の後を追いかけた。
部屋を出ると、少し離れたところにクワラ爺の背を見つけたので小走りで近寄った。
「・・・まったく、あいつの頭の硬さは誰に似たんでしょうかね?」
追いついた私にクワラ爺はため息を吐きながらそう言った。
「ふふ、クワラ爺にそっくりよね」
そう言うとクワラ爺は、ほっほっほと笑った。
そう、クワラ爺はネイルの実のお祖父さんだ。
そして、ネイルのお父さんもクワラ爺と同じ医師の道を目指していた。ただ、ネイルのお父さんはこの国にとどまるだけでなくもっと広い視野を求めてこの国を出て行ってしまったのだが。
それ以来、ネイルはお母さんと2人で生活をしていた。音沙汰のない父親の事を恨んで・・・・。
「・・・困ったものじゃの~・・・」
にこりと笑いながらそう言うクワラ爺の顔はまったく困っていなかった。
だけど、クワラ爺も色々と思うところがあるのだろう。遠い目をして廊下を見つめていた。
「・・・ところで姫様。その格好のままで病人のいる部屋におったのは関心しませんな。ささいな物が病気の原因となるのですぞ?病人のいるところでは清潔にして頂かんと困りますぞ?」
すっかりいつものクワラ爺に戻って私は、慌てて自分の格好を見ると、クワラ爺の言った通り山に入っていたからかところどころに土がついていた。
「ご、ごめんなさい!すぐに着替えてくるわ!」
慌てて、来た道を戻ろうとするとクワラ爺が一言私に声をかけた。
「念の為、ちゃんとした格好をなされた方が宜しいと思いますぞ!」
背に聞こえたクワラ爺の言葉に頷いて私は自分の部屋へと戻った。