#5
私は会話もなく横を歩く男の人、ルインについて考えていた。
いったい彼はどういう人なんだろう?
人の話をちゃんと聞かないいやな人かと思ったら、魔術のことについて教えてくれた。
強いとみんなからいわれている吸血鬼をあっさりと倒してしまった。
あの時は怖い人かと思ったら、今は私の歩く速さに歩幅を合わせてくれている。
きっとお人好しなんだと思う、なんの関わりもない私を旅に連れていってくれるぐらいに。
そのことを思うとすごく謝りたい気持ちになる。だって私はあの時本当の気持ちを言っていた訳ではないから。
嘘ではなかった。けれど、一番の理由ではなかった。私はもっと別の理由であの村から離れたかった。
あの村はもう私の居場所ではなくなっていた。口にしては言わないけれど、みんな村長の言っていたようなことを思っていたのが分かった。
私がいなければ吸血鬼なんて来なかった。
みんなの視線が怖かった。友達ですら私に話しかけようとしなかった。昨日私が生きて戻ってきたことを喜んでくれたのは、ほんの少しの人だった。
殺された二人の内の一人は私の父。母はすでに亡く、私の家や畑をもらう人はすでに決まっていた。だから私は村に居続けることはできなかった。あのまま村に住んでいても以前のような生活はきっと無理だと思ったから。
でも、私には一人で旅に出るような度胸はなかった。だからルインに連れていってもらうしかなかった。
彼の都合なんて無視して。迷惑だと分かっていて。助けてもらった恩を仇で返して。
あまりの身勝手さに顔も上げられず歩いた。
しっかりと踏み固められた街道、そこを新しい旅の道連れと二人会話もなく歩いてずいぶんな時間がたった。
あれから申し出を引き受けてしまった後、少女の旅支度が終わったらすぐに村を出た。別れのあいさつはいいのか、と聞いたら少女は力無く首を横に振った。
少女はずっとうつ向いたまま歩いていた。故郷から追放されたようなものだから落ち込んでいるのかもしれない。
俺にしてみれば迷惑なものを押し付けられた気分であるので落ち込むなりなんなりしたいのはこっちの方なんだが、こうも目の前で暗くされてしまうと気遣ってあげなければいけない気持ちになる。
とは言え、こんな時にどうやって慰めていいかは分からないし、とりあえず話しかけるのも話題が見つからず、今に至るのが少し情けない。
本当、どうしたものか…
すでに何度も思ったことをまた思った、その時、可愛らしい音が鳴った。会話も無く、足音と風の音ぐらいしか音源がなかったこの状況で聞こえた音は間違えようもなく、腹の音だった。
言及はしない。する必要はない。
空を見上げると太陽は中天に位置していた。つまり昼の時間だ。
「そろそろ昼食にするか。」
少女はより顔をうつ向かせた。
昼食と言っても基本的に保存食が主体なのでたいしたものが出来るわけではない。せいぜい小さな片手鍋を取り出してスープを作るぐらいだ。
塩と香辛料を数種類、干しキノコを鍋にいれて魔術で出した水で煮込む。手頃な枯れ木などがなかったので弱い炎をイメージして具現、それを維持する。
今回はそれに村を出た時に少女の家から少し持ってきた野菜を切っていれる。腐りやすい物から使っていく。芋や干しキノコのような最初から腐りにくい物だけにしておけばそんなこと考える必要もないが、せめて旅の始めだけでも――多少とは言え――マシなものを食べたいと思うのは仕方のないことだ。
水分をとばして焼いてある固いパンと干し肉、それに今作ったスープ。これで昼食の出来上がりだ。
旅の間の食事としては結構豪華なのだが、それでも普通の食事と比べるとやや味気ない。
俺は少女がスープを口に運ぶのをじっと見ていた。温かいスープが少女の心をほぐしてくれるのを期待しながら。
思っていたよりもずっとまともな食事だった、と言ったらルインに失礼かもしれない。
けれど、商隊で旅をするのならともかく、たった二人だけの旅でこんなスープを飲めるとは思ってなかった。
「………どうだ?」
むしろ、私の家はあまり裕福ではなかったので、これは充分すぎるほどに
「おいしい。」
食事だった。
その時の少女の笑顔は彼を安堵させた。
その時彼のもらした微笑みは少女を赤面させた。
彼の孤独な一人旅は久方ぶりに終りを告げ、彼と少女の二人旅が始まった。