#4
―――兄さん、朝だよ。
それはとても、とても心地よい夢。
―――今日はケインさんが畑の収穫を手伝って欲しいって。
それは遠い、遠い記憶の羅列。
―――お野菜たくさんもらえるといいよね?
それは幸せなのだと気付けなかった頃。
―――兄さん、一緒に頑張ろうね♪
それは夢。だから、その幸せにいつまでも浸っていることは出来ない。
目覚めた場所は見慣れぬ場所だった。旅をしている時点でそれは当たり前のことなのだが、なにか懐かしい夢を見ていたような気がしたので、そんなことが気になった。
ここは村長の家の一室、一昨日から世話になっている場所だ。
吸血鬼を殺ってから気絶した少女を背負って戻ってきた。一部始終を話して詳しい話を今日にまわして、安心しろ、と言って寝ることにした。
それにしてももう少し痛めつければよかったと思う。当初の予定では、身動き出来ない程度に切りきざみ吸血鬼の回復力によって治ったところをまた切ってと繰り返し、最終的に朝日を浴びさせてご臨終させるつもりだった。イケニエとか言い出す奴はなぶり殺す、それが俺の中のルールだ。
けれど、思わずあっさり殺してしまったのは奴の言葉が不快だったからだ。
そんなことを考えていると、コンコンと扉を叩く音がして扉の向こうから声がした。
「すいません、村長が話があると。」
「分かった、今行こう。」
俺は立ち上がった。
朝食をいただきながら俺は昨日のことについて簡潔に話した。昨日は“明日詳しい話を”とか言ったのだが、よくよく考えてみると、
相手を視認、危惧していたより弱かったのでほぼ瞬殺
という感じなので結局昨日話したのとたいして変わりのない簡潔な内容になってしまった。しいて変化を挙げるなら少女の相づちがあったことぐらいだろう。
話を聞きながら思索していた村長は、俺が手元にあったお茶を飲みほしたところで口を開いた。
「どうしてプラナは狙われたのですか?」
一瞬、プラナって誰だっけと思った。しかしこの状況から察するに村長の隣に座る少女のことだろう。昨日自己紹介された気もするが、通りすがりの村人の名前なんて最初から覚える気はなかった。
「こいつ、プラナは魔力が高い。あいつらのエサの基準なぞ知らんがしいて挙げるならそれぐらいだろう。」
「……それでは、これからも今回のようなことが起こるのですかな。」
「今回のような、とは?」
「また、プラナのために村が襲われる、ということです。」
村長はプラナを一瞥して言った。
直接的な言い方は嫌いではない。嫌いではないが、いくらなんでも配慮に欠けている。
さて、どう答えたものか…
そこで口を開いたのはプラナだった。
「ルイン、私を連れていってくれませんか?」
昨日の様子からはかけ離れている神妙な口調。おそらく本気で言っているのだろう。
「荷物持ちぐらいなら私でも出来ます。出来ることならなんでもします。だから、連れていってください。」
どうしてこんなことを言えるのだろう。自ら故郷を捨てるような発言が理解できなかった。だからこそ俺の答えは決まっている。
「断る。」
端的に一言。しかし当然ながら少女は納得しない。
「なんでですか。」
「お前こそどうして簡単に故郷を捨てる?」
「私がいることで村にまた危険がおよぶ、それで理由は充分じゃありませんか?」
その言葉に懐かしい後悔がよみがえった。
―――俺がいなければあの悪魔が村を襲うこともなかった。村の人たちが死ぬこともなかった。妹の自由が奪われることもなかった。
一時期、毎日のように考えた後悔。彼女は俺と同じ後悔を持っているのかもしれない。それでも、
「…だからといって俺がお前を連れていく理由にはならない。それにまたなにかが襲ってくるのかどうかも分からない。」
自分にはもう失われてしまった故郷を捨てて欲しくはなかった。 今度は村長が口を開いた。
「最初の質問に戻りますが、それでまた村が襲われることはあるのですかな?」
「…可能性は否定できない。」
「それではプラナを連れていってもらうわけにはいきませんかの?」
「何を言っているのか分かってるのか。」
「先ほどプラナが言ったとおりです。村に危険がおよぶかもしれない。わしはこの村の責任者です。危険は出来る限り排除しなければなりません。」
「…さっきも言ったが、だからといって俺がプラナを連れていく理由にはならない。」
「分かっております、これはわしのただのわがまま。」
「だろうな、厄介払いを見ず知らずの男に押し付けようとしてるんだからな。」
「違うとは言いません。しかし」
「?」
「せっかく助かった命です。無意味にそれが散ってしまうのは悲しいのです。
あなたがいれば例えまた何かがプラナを襲ったとしても守る力がある。」
そこまで言って村長は頭を深く下げた。
「どうか、お願いします。」
それを見たプラナも同様に続けた。
「どうかお願いします!」
引き受ける理由はどこにもない。けれど、俺にはどうしていいのか、分からなかった。