#3
「……ぇ、ねぇってば!」
気付けばすぐ前に少女がいて、肩を揺さぶられていた。
「あ、あぁなんだ、どうかしたのか?」
「どうかしてるのはそっちじゃない。大丈夫なの?」
少女は心配そうな顔でまだこちらを見ている。
「あぁ、少し驚いてただけだ。」
俺の言葉に少女は得意そうな顔を復活させた。
「すごいでしょ。」
わざわざ聞くな、そう思わないでも無いが素直にうなずいておく。「ねぇ、そういえばあんたって名前なんていうの?」
ん?そういや名乗ってなかった気がする。というかこの村に来てから誰にも名前を聞かれてないな。村長とその息子さんとこの少女にしかまだ会っていないが。
「ルインだ」
「ふーん、ルインね。なんかほかにも魔術教えてよ。」
「いや、確かめたいことが出来た。悪いけど今日はここまでだ。」
明日なんて無いが。
少女はすごく不服そうな顔をしていた。
向こうが指定した場所、村から西に離れた森の中にある開けた場所。そこがよく見える樹の上に最大限気配を消しながら考えていた。
相手はもしかすると本当に吸血鬼ではないか。
確かめたかったこと、それはイケニエの少女を向こうが指定したのかどうかということ。
俺は若い娘としか聞いていない。だから少女は村の中でイケニエにされたのだと思っていた。
しかし、実際にはイケニエの少女は向こうから指定されたもので、その少女は補助無しで魔術を行使出来るほどの魔力を持っていた。
吸血鬼にとって人間というのは食料であると同時に嗜好品でもある、というよりどちらかというと後者の意味合いの方が強い。奴らは普通に人間と同じような食料で生きていけるが、人間の若い異性の血は美味な食料で、その中でも高い魔力を持つ者は極上らしい。 つまり、吸血鬼にとってこの少女は最高の獲物だ。
しかし吸血鬼なら何故さっさとさらっていかないのかが分からない。
やっぱり吸血鬼ではなくただの野盗か何かなのだろうか。
まぁ、無駄な思考はもう終りだ。日は完全に沈みすでに奴らの活動領域、視界の中央に位置する少女も緊張が増している。
そろそろか、改めて身構えたその時だった。
空気が変わった。
鳥は一斉に飛び立ち、風がざわめく。
少女の前に人影が現れた。夜の空に羽ばたく鳥という珍しいものを横目に呟く。
なんだこの程度か…
少女の前に現れた人影、その真上から水の塊で押し潰す。
吸血鬼には有名な弱点がある。陽の光、十字架、銀製品、そして流水。何故普通の生物にとって無害のものが奴らを害するかは分からないが、倒す側としてはなんの文句もない。
ただの水は強酸となって奴の身を焼く。 このまま氷で杭でも作って胸でも貫いてしまえば終了だ。
このまま終わらせてしまおうか。
しかしそれではあまりにも不憫だと思った。せめて顔ぐらい見てから殺そう。
風を身にまといゆっくりと少女の横に降り、声をかけた。
「よう、大丈夫か?」
目と口が大きく開いた顔がおかしかったが、ここで笑うのも失礼だろうから我慢した。
魔術を解除。辺りが水浸しになる。
そして現れたのは予想通り全身から白い煙を出し、肌が焼けただれたみすぼらしい姿となった吸血鬼だった。
ヴィ−は純血種では無いものの、転化して二百年は生きた吸血鬼である。彼は二十四の時に血を吸われ転化した。
吸血鬼というのは誰しもがなるものではなく、仮死状態になるまで血を吸われたうえで適正がなければならない。幸か不幸か分からないが、彼は生き長らえた。
それから百二十年ほど主人と過ごし、残りを一人で生きてきた。
しかし、孤独に耐えきれなくなり仲間を作ろうと思った。
この村に来たのは、六人の女性で失敗し、七回目の仲間作りを試みた時だった。
美味そうな血の気配を感じた。
なんとしてでも手に入れたいと思った。そして今、手に入るところだった。
しかし、濃密な魔力に気付いた時には、水の塊に押し潰され、閉じ込められていた。
なすすべも無かった。激痛に耐えながら水を突き破るイメージをし、魔術を行使しようとした。けれどなんの変化も起きなかった。
ヴィ−は純血種には遠く及ばないものの、例えるなら三百年生きたエルフに力負けすることの無いほどの魔力を持っていた。
それなのに完全に力負けをした。
死ぬことが頭をよぎった時、水の戒めが解けて地面に転がった。
彼にはこの状況が信じられなかった。しかし、倒れながら見上げた姿に納得した。 悪魔の匂いがその青年から感じられた。
プラナは呆然としていた。
目の前に現れた人影、そこから感じる得体のしれぬ圧迫感にもう駄目だと思った。
けれど、突然水の塊が人影を押し潰し、そのまま人影を包み込んだ。
「よう、大丈夫か?」 その言葉にもただ呆然としながら横を見ることしかできなかった。
ルインはそれを気にした様子もなく、人影の方に向き直した。
「そこの吸血鬼、聞きたいことがある。お前何でさっさとこの娘をさらわなかった?」
「………この娘と同じような上質な血を持つ者がまた生まれるかもしれん。」
「ふむ、そういう考え方か。」
「こちらも聞きたいことがある。」
ルインは露骨に嫌そうな顔をした。
「……なんだよ。」
「お前、何故悪魔の匂いがする?」
また、空気が変わった。
横からの威圧感。
腕が飛んだ。
瞬後、かつて右腕のあった場所を押さえながら吸血鬼が叫び声をあげた。
「お前」左腕。
「むかつく」右足。
「から」左足。
「死ね」
自らの血に染まり不格好なダルマのような姿になった吸血鬼は、ルインが言葉を終えたとき、氷の槍に胸を貫かれた。
私は悲鳴をあげながら意識を失った。