#1
小さな村に一人の青年がやって来た。
古いがつくりのしっかりした外套に木製の杖、それらに身を包み旅人がよく使用する荷物袋を一つ持っていた。
身長は一般的な男性に比べてやや高く、体格は標準並。髪は赤で肩に届く長さ、整った顔立ちは少し幼さを残しているのだがどこか暗い雰囲気を感じさせる青年だった。
妙に静かだ。村を歩きながら、なにやら見られているような気がする。排他的な村ではあまり珍しいことではないけれど、それにしてはピリピリしている気がする。
食料を補充したらさっさと出よう、そう思った時、一人の老人がやって来た。
「旅人殿に頼みがある。」
前置きも無しにそう言った。
俺はその話を聞くことにした。
村長であった老人の家で聞いたことを簡潔にすると、
・吸血鬼を名乗る男が夜に来て若い娘をイケニエに要求した。・言うことを聞かなかった村の男が二人で倒そうとしたが、その場で焼き殺された。
・明日の新月の夜が指定されている。
といったところだった。
「…報酬は?」
「この村にはたいしたものはなくて…」
「なら日持ちのする食料と、あと塩と香辛料があればそれもいただく、それでいいか?」
村長はしばし考えうなずいた。
村長の家の一室を借りた俺は荷物を置き、食事をいただいた後休むことにした。
「あんた何考えてんの」
朝食をとり暇だったので近くの川に来たところで、少女に話しかけられた。
十六歳ぐらいか、耳にかかる辺りで切り揃えられた黒い髪、勝気そうなつり目、背丈は俺の胸辺りで女性としては極々一般的、その他総合して見ると普通に可愛いと分類されるだろう少女だった。
「何って何が?」
質問に質問で返すような真似は好きではないのだが、分からない場合は仕方ない。少女も修飾が足りないことに気付いたのか言い直した。
「吸血鬼相手にかなうなんて本気で思ってんの。」
ようやく質問の意図が分かった。けれど、
「さあな。」
面倒だった。
「真面目に答えなさいよ。」
ごもっとも。
「まぁ、大丈夫だろう。」
取り合う気のない俺を見て、少女は諦めたようだったが、ため息をつきながら話を続けた。
「悪いことは言わないわ、今すぐここから出ていきなさい。無駄に死ぬだけ、そんなことバカのすることよ。」
「そういえばお前誰だ。」
「…あんた人の話聞く気あるの。」
どうやら少女はえらく気分を害してしまったようだ。
けれどこちらの質問に答えてくれるあたり、すごくいい人のようだ、またため息ついたけど。
「わたしの名前はプラナ、……イケニエよ。」
「…ずいぶん落ち着いているな。死んでもいいのか?」
「そんな訳ないでしょ!でもどうすることも出来ないじゃない…」
そのまま泣くかと思ったけど、少女は泣かなかった。
今度はこちらがため息を吐く。面倒なのだがこちらの考えを話すことにした。
「お前本当に吸血鬼がこんなところにいると思ってんのか?」
「…どういうこと?」
「吸血鬼みたいなバカみたいに強いやつならイケニエとか言わない。何も気にせず獲物をさらってくだけだ。」 その時邪魔するやつらを全て消していけばいい、村一つ程度一夜で消す力があるのだから。
「だから、今回の件は吸血鬼を諞った偽物の仕業だと俺は思ってる。」
それでも少女、プラナは不安そうな顔をしている。
「…でも二人も死んでるんだよ!あんた、強いの?」
「野盗の一人や二人程度なら負けることはない。」
そう言うと俺は杖の先を川の中に入れた。
思考の具現化、力を行使する。
「あんた何やって…」 少女が問いかけ終わる前に小さな変化が起きる。
短く発光。少しして魚が浮いてきた。
十数匹、この程度なら川の生き物にたいした影響は無いだろう。
イメージ通りの結果に満足しながら、続けて風を動かして魚がこちらの手の届く位置に流れるよう操作。
「何か入れる物持ってきてくれ。」
呆然としている少女に向けて言った。