6話:慣れって怖い…
昌哉に蜜柑を食べさせるという、羞恥プレイの何ものでもない行為を終えて、結衣は一息つく。
だが抱きしめられた状態から解放されることはなく、諦めて手の届く範囲にあったファッション雑誌を流し読みすることにした。
昌哉は昼時のニュース番組を見ながら、時折結衣の読んでいる雑誌に視線を向けては似合いそうな服があれば指をさし、その度に結衣は「似合わない」や「高いよ」と返した。
「俺が買ってあげようか?」
「いらない。昌哉君に買ってもらうならバイトして買う」
「バイトなんて駄目だ。危ないだろ」
「危ないって…。昌哉君だって高校の時してたじゃんか」
「俺はいいの。でも結衣は可愛いから、変な奴に絡まれたりすると危ないし駄目だ」
「私より可愛い子がバイトしてても大丈夫なんだから、気にしすぎだよ…」
「じゃあ結衣がバイトすると、俺が構ってもらえないから駄目だ」
「………なにそれ」
とても成人した男の人がいう台詞ではない。
大体、学生の結衣と社会人の昌哉とでは、そもそも生活サイクルが異なるのだから構う時間など微々たるもの。
結衣の主張が昌哉の自分勝手な言い分で却下されてしまうことに不貞腐れて頬を膨らますと、宥めるように指の背で撫でられる。
節くれだった指は女性のように手入れがされてない為、季節が冬だということもあって少しかさついていた。
撫でられた箇所が熱を持ち始めると、結衣はやんわりと昌哉の手を頬から離す。
(何て言うか、帰って来てからやたら触れられてる…)
子供の頃からベタベタとスキンシップ過剰であったが、今は少し違う気がした。
それは結衣が昌哉を意識している為に生じているものなのか、それとも別の要因があるのか判断できない。
(…昔はもっと安心感があったのに)
抱きしめる腕の強さ、触れ合ったところから伝わる体温。
今は安心感よりもドキドキとした感情の方へと天秤が傾いているけれど、昔と同じで居心地の良い場所だった。
目を閉じてつらつらと思考をめぐらせていると、今度は優しく頭を撫でられる感触がした。
「眠いのか? 眠かったらこのまま寝ていいぞ」
「ん…」
昌哉の胸板に寄りかかる体勢にさせられ、髪を何度も梳かれると今までなかったはずの眠気がじわりと襲ってくる。
さすがにこのまま眠るのは駄目だと思っても、微睡み始めた意識を引き戻すことなどできるはずもなく。
結衣は昌哉の鼓動に耳を傾けながら、眠りの淵へと落ちていった。
昌哉に寄りかかる結衣の重みが増して、眠ったことを悟ると耳に唇を寄せて「おやすみ」と囁く。
読みかけの雑誌を起こさないように抜き取り、あどけなく眠る結衣の寝顔を眺める。
(しまった。携帯、鞄の中だ…)
折角、結衣の寝顔が撮れるチャンスなのに肝心の撮影機械がなければ意味が無い。
結衣に構いだした昌哉に呆れ、そうそうにダイニングへ移動した両親達に頼んで取ってもらうことも可能だが、大声を出すと起こしかねない。
仕方なく自らの脳裏にやきつけることにし、二年振りに再会した結衣の寝顔を堪能する。
(ああ、ホントに可愛すぎだろっ!)
それこそ生まれたときから大事に大事にしてきた掌中の珠。
留学したことは昌哉にとってプラスになることばかりだったので、後悔はしていない。
けれど結衣に会えない、触れることができない、クルクルと変わる表情を見ることができないのは辛かった。
時差ボケと腕の中の温もりも相俟って昌哉の瞼もしだいに重くなり、もったいないと頭の片隅で思いながらも眠りへと落ちていった。
後日、二人の様子を見に来た百合が嬉々としてデジカメに収めた写真を手に入れようと、拝み倒す昌哉がいたらしい。
結衣のことに関しては形振り構っていられません。
手に入れた画像は、もちろん携帯の待ち受けにされます(笑)