5話:何がどうしてこうなったっ?!
自分の意見が言えないような引っ込み思案な性格ではないことを、結衣は理解している。
嫌なものは嫌だとはっきり言う人間だ。ただし、空気を読んで、という注意書きはつくけれど。
しかし昌哉に対してだけは、何故かどんなことであろうと反発することが出来ない。
嫌だと思いつつも、最終的には昌哉の要求を受け入れてしまう結衣であった。
これが世に言う惚れた弱みなのか、それとも幼少時からの刷り込みの為なのか、と悩んだところで今の状況が改善されるわけではない。
複雑な乙女心について脳内会議をして現実逃避を図ろうとする結衣の意識を現実に戻すのは昌哉の声だった。
「結衣、蜜柑を剥く手が止まってる」
結衣の耳元で低い声が響き、思わず身体が強張る。
耳元というよりも、完全に昌哉の唇が結衣の耳に触れている状態だった。
とっさに耳を手で覆う動作をしたくても、手元の剥きかけの蜜柑がそれを阻む。
肩を竦めながら少しでも離れようとすると、今度は結衣のお腹に回された昌哉の腕に力が入り、逆に抱き寄せられた。
(っていうか、何でこの体勢なのっ?!)
記憶を遡り原因を考えるも『昌哉に流されるままの結衣』という結論に至る。
車に乗っている間も手を繋ぎ、帰宅してからは如月家にて千秋が腕を振るった料理で昌哉の帰国を祝った。
食事の時も結衣の隣には昌哉が座っており、身体に染み付いた癖のせいか、あれこれと昌哉の世話を焼いてしまう始末。
おかずを取ったり、お茶を入れたりするたびに、昌哉は結衣に柔和な眼差しを向ける。
そんな昌哉と結衣のやり取りに、母親同士は微笑ましく、そして父親同士は生温い視線で二人を見ていた。
食事が終わり、ダイニングからリビングにある炬燵へと場所が移った時のこと。
昌哉は既に寛いだ様子で、無造作に置かれていた雑誌を読んでいた。
千秋に言われ、籠に盛った蜜柑を運んできた結衣は卓上にそれを置いた後に、強い力で腕を引かれバランスを崩してしまう。
倒れたときの衝撃を思い、目を瞑った結衣だが予想していた痛みはなく、温かい何かに包まれる感触がした。
目を開けると、すぐ近くに昌哉の顔があって吃驚している結衣を余所に、昌哉自身が望む体勢へと結衣を巻き込んでいく。
脚の間に結衣を座らせて肩に顎を乗せ、お腹に腕を回して抱きしめる昌哉に対して、始めは「離してほしい」と、言葉や身体をみじろぎさせることで結衣は抗議した。
けれど反論を許さない昌哉の笑顔に屈し、結衣は言われるがままに蜜柑を剥くことになる。
この抱きしめられた体勢について親に何を言われるかとヒヤヒヤしている結衣だったが、それを突っ込む人間はいない。
寧ろ、昌哉の脚の間が結衣の指定席だと認識されているくらいで、またかと思われている程、昔から見慣れた光景だった。
「…昌哉君、蜜柑剥けたよ」
皮を剥いて白い筋まで取り終わり、昌哉に差し出すが受け取る様子がない。
訝しんで振り向いた結衣に告げられた要求は「食べさせて」だった。
「蜜柑ぐらい自分で食べてっ!」
「俺は結衣に食べさせて欲しい。いつもしてくれてたのに、今更嫌がるのか?」
「いつもっていつの話よっ! そんな子供の頃の話を持ち出さないでっ!!」
消すことが出来るなら、今すぐ消去したい記憶。
何も知らない幼い結衣は昌哉に言われるまま、手ずからお菓子を食べさせた回数は数え切れない。
バカップルや新婚にありがちな「あ~ん」な行為もしていた。
今思えば何て恥ずかしい行為をしていたのだろうと、人目がなければ床に転がって悶えてしまいそうになる。
「食べさせて」
「うぅ…」
「ゆーいー」
「もう子供じゃないんだから!」
断固拒否しますっ!という姿勢を貫こうとした結衣だが、昌哉の「お願い」の囁きに白旗を揚げるしかなかった。
(本音を言えば、蜜柑より結衣が食べたいけどね)
瞳を潤ませて拒否する結衣を見て、むくりと湧いた劣情を沈めるために指ごと蜜柑を食みチロリと舌で舐めたのは言うまでもない。
そんな昌哉の行動に対して、結衣がどんな反応をしたかなど押して知るべし。
私の書くヒーローは何故いつも変態臭がするのだろうか…。