4話:その手を離してっ!
どれぐらいその体勢でいただろうか、結衣の首が徐々に痛み出した。
「おい。結衣ちゃんに会えて嬉しいのは分かるが、親に挨拶もなしか」
「父さんも母さんも、ただいま。迎え有難う」
「お前なぁ…」
昌哉は櫂の言葉におざなりに返事をするが、視線は結衣に固定されたままだ。
その様子に呆れ果てた櫂は、あからさまな溜息を吐く。
櫂の隣では、百合が二人の再会を微笑ましく眺めていた。
「………昌哉君」
「何?」
「首が痛いんだけど、離してもらえるかな」
「あ、ごめん。結衣があまりにも可愛かったから、もっと近くで見たくて」
結衣は昌哉の言葉に、あんぐりと口を開いてしまった。
(…元々人を褒める言葉がポンポン出る人だったけど…)
留学をした為か、輪をかけてそれが酷くなった気がする。
照れも何もなく昌哉はさらりと言ってしまう。
お世辞だとわかっていても、顔が熱をもつのを止められない。
頬を紅く染める結衣の様子に満足した昌哉は、額に口付けを落とした。
昌哉の突然の行為に、結衣の身体が硬直する。
(なっ、なっ、何てことをするのよっ!!)
ここはイギリスではないし、ましてや公衆の面前である。
言いたいことはいっぱいあるはずなのに、音として口から出てこない。
呆然している結衣の顔から手を離した昌哉は、右手は荷物を持ち、左手は結衣と手を繋ぐ。
しかも繋いだ手は、指と指が絡んだ所謂恋人繋ぎ。
「もたもたするな。置いてくぞっ!」
「父さんもああ言ってるし、行こうか」
「え、あ、うん。ってちょっと昌哉君っ!」
昌哉に腕を引かれ結衣は慌てて歩き出すも、視線は繋いだ手に注がれていた。
手を繋いでいなければ迷子になってしまう歳は既に卒業している。
百歩、いや千歩譲って手を繋ぐことは構わないとしても、問題は繋ぎ方だ。
(何で恋人繋ぎっ! ありえないでしょっ!!)
とりあえず手を離してもらおうと、結衣は歩きながら昌哉に抗議することにした。
「ま、昌哉君っ! 私なら迷子になんてならないから、だから手を離してほしいんだけど…」
結衣が手を離そうとすると、昌哉は先程より強い力でそれを引き止める。
昌哉が歩いていた足を止め、結衣の顔を覗き込んだ。
「俺が結衣と繋ぎたいんだけど、駄目?」
「駄目とかじゃなくて、その、」
「嫌?」
結衣の目には、昌哉の頭に萎れた犬耳の幻覚が見えた。
「うぅ。嫌じゃ、ないけど…」
「じゃあ、問題ないよな」
結衣に拒否されなかったことに気をよくした昌哉は、嬉しそうに笑うと再び歩き始める。
嫌ではないが恥ずかしくて仕方がない結衣は、繋いだ手から視線を離し、前を歩く東堂夫妻の背を見つめることにした。
車に乗るまでの我慢だと言い聞かせ、羞恥に耐えることにした結衣だが、昌哉の行動はさらに上を行くことになる。
駐車している場所に辿り着き、荷物をトランクに入れる際に繋がれた手がやっと離れた。
手が離れたことにほっとする結衣だが、昌哉と共に後部座席に乗り込むと有無を言わさず手を取られ、指が絡まり、再度恋人繋ぎになっていた。
目を大きく見開いて結衣は昌哉を見たが、返されるのは優しい微笑みなのに何故か威圧感が否めない。
離して欲しいと目で訴えるものの、昌哉は素知らぬ振りをする。
「本当に二人は仲が良いわね」
百合の言葉に居た堪れなくなった結衣は、俯いて自身の膝を見つめるしかなかった。
幼い頃から結衣に対してスキンシップが多い昌哉だったが、成人した男と年頃の女では問題なのでは、と思う。
結衣はちらりと昌哉を見るが、変わらず笑顔を向けられ、何も言えなくなってしまった。
(………手、やっぱり大きいなぁ)
そうやって現実逃避をするけれど、これは結衣にとって波乱の始まりでしかなかった。
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稚拙でさらに亀進行ですが、よろしくお願いしますm(o・ω・o)m