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2話:その提案おかしくない?

 父である譲の海外転勤発言をした日から、結衣は譲と顔を合わせないようにしていた。

 一人暮らしをしたいと懇願したところで認められるはずもなく。

 それでも諦めず賃貸情報誌を見たり、アルバイトを探したりなどもしたが未だ光明を見出せずにいた。


 気が付けば年が明け、温かい雑煮をもくもくと食べる結衣の前には二人の女性。

 にこにこと始終笑顔の千秋と、同じく笑顔を浮べる隣家の百合。

 時折、二人が目を合わせて何かしらのコンタクトを取ってはいるが、中々話を切り出そうとしない。

 新年で目出度いはずなのに、千秋と百合の様子を見ていると嫌な予感がゆっくりと背筋を伝った。


「………何?」


 出来れば無視したいが現状の空気に耐えられず、結衣は言葉を発した。

 するとパアァっと華が開くような笑みを浮かべて、百合が答える。


「結衣ちゃんは日本に残りたいのよね?」

「そうだよ」

「あのね、一つ提案があるんだけど…」


 ウキウキどころかキャピキャピとした百合の様子に、思わず結衣の頬が引きつる。

 何がそんなに楽しいのか理解出来ない結衣の耳に届いた言葉は、思考を停止させるほどの破壊力を持っていた。


「千秋ちゃんや櫂さんたちと話し合ったんだけどね―――」




 ―――昌哉と一緒に暮らすなら日本に残ってもいいって、どうする?




 百合が告げた名前に、結衣は自分の耳を疑った。


(今、『昌哉』って言った…?)


 東堂昌哉は、櫂と百合の一人息子で結衣の8歳年上の幼馴染。

 そして初恋の相手だった人。

 しかし、結衣の記憶が確かなら昌哉は二年前からイギリスに留学しているはずだ。


「…昌哉君は、イギリスじゃなかったっけ?」

「あと一週間もすれば帰国するの。こっちでの仕事先も決まってるし」

「で、でも昌哉君には迷惑じゃない?」


 日本に残る魅力的な提案に聞こえるが、簡単には頷けない。

 一緒に暮らす相手は、あの昌哉だ。


 両親の容姿を良いとこ取りした端正な顔立ち。

 いつも優しい微笑みを浮かべ、怒った姿など見たこともない。

 擦れ違うたびに振り返り溜息を零す女性は数知れずの人物と一緒に暮らすなんて、何の冗談だと言いたい。

 また二十四歳という年齢で彼女が一人や二人いそうな人が、幼馴染とはいえ子供のお守りなんて迷惑でしかないはずだ。


「迷惑じゃないわよ。だって昌哉からの提案なんだもの」

「っ!」


 畳み掛けるような百合の発言に、結衣は言葉を詰まらせた。


(昌哉君からの提案? 嘘でしょ…)


 失恋してからは、結衣は少しずつ昌哉と距離をとるようになった。

 親達の手前あからさまな行動は取れなかったが、思春期特有のものだと言えば、微笑ましい笑みを向けられた。

 呼び方も『まーくん』から『昌哉君』に変わり、呼ばれた昌哉は僅かだが哀しい目をしたことを結衣は知らない。

 一番決定的だったのは、留学する時に見送りに行かなかったことだ。

 きっと結衣のことなど呆れているはずの昌哉が同居の提案をするなんて思わなかった。


 失恋したといっても吹っ切れたわけではなく、心の一番奥でまだジクジクと鈍い痛みがある。

 グルグルとした思考に嵌っていく結衣に、千秋と百合は何かを話しかけていたが右から左へと流れていく。

 適当に相槌を打っていると何故か一層テンションが上ったようで、年甲斐もなく手を取り合ってはしゃいでいた。


「じゃあ私は昌哉に報告してくるわね」


 そう言って百合は立ち上がると、自宅へと帰っていった。

 千秋に後で聞いたところ、昌哉と一緒に暮らすことに最後まで渋っていたのは譲らしい。

 昌哉と国際電話で随分話し込み説得されたようだが、どちらかというと丸め込まれた感が否めないのは気のせいだろうか?


 百合が帰るのを見送る千秋の背を見ながら、冷めた雑煮を口に含み眉を顰める。


「結衣ちゃ―――ん当のむ――――ってくれるなんて嬉しいわ」


 玄関先で何やら話し込んでいるようだが、途切れ途切れにしか聞こえなかった。

 この時、千秋と百合の話をきちんと聞いていなかったことを結衣は後悔することになる。

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