1話:一人暮らしを希望しますっ!
年の瀬が迫ったある日。
炬燵で暖をとる結衣に、父である譲はある決定事項を告げた。
「転勤? どこに?」
「アメリカだ」
「はあっ?!」
結衣は思わず手にしていた蜜柑を落としてしまうが、それどころではなく譲の隣に座っている母の千秋を見た。
「最低5年は向こうに居るらしいから、私も結衣も一緒に行くことになったの」
「そんなの嫌! お父さんが一人でいけばいいじゃないっ!!」
「俺はたった一年だろうと千秋を日本に残していくつもりはないぞ」
「だったら二人で行けば。私は一人暮らしするから」
中学生ならまだしも、結衣は高校生だ。
多少不安があるかもしれないが、親元を離れて一人で暮らしていても問題ない。
日本中探せば、一人暮らしの高校生はかなりいるだろう。
家事だって幼い頃から手伝っていたから一通りは出来る。
特に料理は褒めてもらえるのが嬉しくて、数をこなすうちにそれなりの腕まで上達していた。
「駄目だ」
「どうして?!」
一人暮らしの案を却下された結衣は、卓上に両手をついて膝立ちになった。
そんな結衣の行動に譲は眉間に皺を寄せながら答える。
「男ならそれでもいいかと思うが、結衣は女の子だろう」
「お母さんも結衣を一人にするは賛成できないわ」
「でも折角受かった高校なのに…友達だっているし…やりたいことだっていっぱいあるのに」
頑張って受験勉強をしてやっと入った高校。
来年は進級して先輩の立場になるのが楽しみだったのに、譲の転勤でそれが無くなるのは嫌だ。
結衣はぎゅっと唇を噛み締める。
祖父母と一緒に暮らせば日本に残れるが、生憎と遠く離れた田舎で結局転校をするしかない。
兎に角、結衣は今住んでいるところから離れない方法を模索した。
「…東堂さんの所でお世話になるのは?」
東堂家は如月家の隣家で、譲が勤める会社の同僚夫妻が住んでいる。
さらに言えば、東堂の妻が千秋の高校と大学時代の先輩のため、昔から家族ぐるみの付き合いがあった。
迷惑だと分かっていても、本当の娘のように可愛がってくれる夫妻に縋るしかない。
「無理だ」
溜息を一つ零してから答えた譲の言葉に、結衣は心の中で首を傾げた。
『駄目』ではなく『無理』とは、どういうことだろうか。
「東堂も俺と同じで海外転勤になった。もちろん百合さんも一緒だ」
譲の言葉に頼る人がいないことを悟った結衣は、力なく座り込む。
春にはアメリカに渡ること。
一年の修了式までは日本に居られること。
家は賃貸に出す手続きを既に進めていること。
結衣は譲が告げる確定事項を聞くたびに、掌を握り締めた。
もう十六歳の子供にどうすることもできない。
それでも日本から離れることは考えられなかった。
「―――ぁら…。絶対に嫌だからっ!」
我が儘だと理解している。しているけれど叫ばずにはいられなかった。
結衣は勢いよく立ち上がると譲を一瞬だけ睨んでから自室へと駆け込んだ。
「私は日本で一人暮らしするんだからっ」
リミットまであと三ヶ月もない。
どうにか両親に一人暮らしを認めさせようと心に決めた結衣に、ある提案がされるのは年明けのこととなる。