その3
コックたちも私が鳴くのは空腹だからだと思ったのか、大慌てでご飯を作ってくれた。皿の中にたくさんの種類の料理があるところをみると、何を食べるのかかなり迷ったようだ。
どれもおいしそうだな・・・と床に置かれたそれらをジッと見つめて、思いついた。
こぼさないように慎重に、慎重に・・・と、鼻先で皿を押し、椅子に座って私の様子を眺めていたラディスの目の前まで持っていく。
そして彼の顔を見上げると、しばらく見つめられ、首を傾げられた。
ぬうう、やはり言葉が通じないのは不便だ。流石に猫用に出されたものを食べろとは言わないが、ご飯を食べて欲しくてしているのだが・・・。
とりあえず更にお皿を彼の方に寄せる。
「・・・食べさせて欲しいのか?」
違う!
がっくりとうな垂れると、ラディスは困ったように私を見る。
「悪いな、わかってやれなくて」
・・・なんで謝られてるの、私。
こうなったら直接口に突っ込んで―――――って、私今器用な手は持ってないんでしたねー!!いい加減慣れろよもう!!さっきは鼻先使ったじゃん!!
半ばヤケになりながら皿のものを咥え、ラディスに寄って行く。ぐいぐいと口を寄せると、
「もしかして、俺に食べさせたいのか」
ようやく感づいてもらえた。そうそう、と頷くのも何かおかしいので擦り寄ると、彼は苦笑した。
「いや、俺は食べる気は・・・」
拒否しようとするラディスに更に口を寄せる。自分から膝には乗れないので脚に縋るのみだが、それでも効果はあったらしい。しばらく悩んだ後、
「・・・コック長、何か軽いものをくれ」
額を押さえながら言った。
いやあ、満足です!ここの料理はあんなにおいしいんだ!
ラディスの部屋への帰り道、今度は降ろしてもらって自分で歩いている。その横を、口元を押さえたラディスがゆっくり歩く。
コックたちが影で話していた話によると、ラディスが夜にご飯を食べたのは随分久しぶりらしい。確か、3ヵ月ぶり?私だったら絶対無理だな。
しかしあんなに仕事があったのだから、もしかしたら疲れから食べることを拒否してたとか・・・?そういうことには詳しくないので、よくはわからないけれど。
けれどそうなのだとしたら、どうにかしてその疲れを取ってもらいたいなぁ。
そうだ、動物セラピーって言うのがあった気がする。私みたいな似非猫でもマネできるかな。
ラディスを見やると、視線に気付いたのか口元を抑えていた手を外して微笑んでくれる。・・・無理させたのだろうか。
部屋に戻ってきて再度机に向かおうとするラディスを何とか引き止め、その脚を何とかベッドへと向かわせた。
「お前、小さいくせに強引だな」
彼は言いながらベッドに腰掛けると、背中から倒れこんだ。息を吐くあたり、疲れていることがありありとわかる。
よし、そのまま寝ろ!いやこれかぶってから寝ろ!と、私はベッドによじ登ってシーツを引っ張る。本当、この体では苦労するなぁ。
「まて、着替える」
頭を抑えられ、作業を止められる。そのまま机に向かうまいな、とじっと見ていると、苦笑しながらがしがしと撫でられた。
それでも見ていたのだが、服を脱ぎだした時点で目を逸らしたのは言うまでもない。
無事(?)にベッドに戻ってきたラディスにもう一度シーツをかけようと苦心していると、抱きかかえられ、自分からもぐっていった。
私は枕の横に移動する。と言っても、枕だかクッションだかわからないものがたくさんあるので、そのひとつに寄りかかる感じだ。
「お前そこでいいのか?」
手を伸ばしてくるラディス。ふと、この部屋に入ってきたときに一緒に持ってきてもらったかごを思い出した。
そんなのもあったなーなんて思うが、今は動物セラピー実験中だ。これでも実験中だ。
伸びてきた手に一度頬を摺り寄せ、丸くなって寝る体勢に入った。それを肯定ととって、私を一撫ですると彼も目を閉じた。
―――――と言っても、私は昼間随分と寝てしまった。今更寝れるはずもなかった。
どんなに目を瞑り続けても、丸まり続けても、眠りに落ちれない。
参った。夜だって長いのに。
しばらくそれを繰り返していたが、不意に聞こえた呻く声に目を開いた。視界に入ったのは、顔を苦しそうに歪めたラディスだった。
魘されているのかな・・・?
近づいてみると、呻き声は確かに彼から聞こえるし、冷や汗も掻いている。これでは途中で起きてしまうんじゃないか、と心配になり、どうにか落ち着かせられないかと考えた。
こういうときはあれかな、やっぱり撫でてあげるとかしたほうがいいんだろうか。いやでもさ、でもさこの手だよ?ていうか前足だよ?撫でられないじゃん。滑んないじゃん。できてぺしぺし?いや叩いてどうする。
悶々と考えてみるが、なかなかいい案が浮かばない。その間も苦しそうに呻くので、とにかく身を摺り寄せた。
・・・そっか、私今猫なんだ。
ふと気が付いて、思考を改めた。さっきから人間的思考で考えていたが、動物的思考ならどうだろう。
近所の犬や猫を思い出しながら考えると、単純な答えが見つかった。
・・・舐めればいいのか。
人間だったら絶対できない行為だ。だって恥ずかしすぎる。
今だってできる気はしないが。だって人間的思考思いっきり残っているのだし。
しかし、このままだとラディスの安眠(かどうかは今の状態ではなんとも言えないのだが)が妨害されてしまう。
どうせ見ていない。私しか知らない。
ええい、女は度胸って言うじゃない!!というわけで!!
・・・効果はあったらしい。眉間の皺はなくなったし、呼吸もいくらか安定してきた。
とりあえず良かった。うん、良かったんだよ。・・・明日まともに顔見れるかなぁ・・・。
頭を抱えていると、また少しずつ呻き声が聞こえてきた。
まって、あれを一晩中は無理。羞恥心で死んじゃう。
悩みに悩んだ末、彼の胸元、横たわった腕の間に潜り込んで眠ることにした。
できるだけ彼と密着する。ここにあったかいのがあるよ、生きているのがあるよ、と教えるつもりで身を寄せた。すると彼の腕がもぞもぞと動き、私をゆるく抱えた。それだけで呼吸が軽くなる。
初めからこうすればよかったと後悔したのは、言うまでもない。
まさかのミスを発見したので修正しました。