その2
しばらく頭を撫でられたあと、「仕事があるから」と膝から降ろされた。降りてからもラディスを見ていると、もう一度頭を撫でられる。その顔は少し笑っているように見えた。
「そういえば、名前をつけていなかったな」
はたとして彼は言う。そういえば名乗ってないんだ。いやいや、ていうか名乗れないじゃん。
ううむ。と悩んでいると、彼も同じように私を見つめて悩んでいた。
流れから言うと、私の名前を考えているのだろうか?さっき仕事があると言っていたのにそんなことに時間を割いていいのか。
私は首をかしげながら彼を見つめ返した。彼は未だに考え込んでいるようで、ふと視線を窓の外に向ける。
「ああ、そうだ。ソラにしようか。お前の瞳も同じ色だな」
え、そんな色してたの?
予想外のことを言われた感じだ。私の見たことのある猫は大体金か黒だったわけだし。水溜りでは色まではよくわからなかった。
自分の手(前足)を見ながら思っていると、不意にラディスに抱え上げられる。
「体も青いが・・・どちらかというと紫なのか?不思議な色だな」
それは私も思ったことある!と、同意の一鳴き。すると彼は、今度こそわかりやすく微笑んだ。
そしてはっとしたらしい。
「・・・悪い、仕事を終わらせなければ」
そう言って私を床に降ろす。なんかわかるなぁ、小動物と居ると仕事忘れるよね。それが基本無表情なラディスにも当てはまると言うことがなんだか嬉しかった。
改めて椅子に座りなおした彼は、頭を掻きながらペンを持ち、机上に視線を向ける。
うむ、仕事があるならば仕方がない。暇も甘んじて受け入れようではないか。・・・なんて偉そうなことはいえないが、どうも私がそばに居ると仕事の邪魔をしてしまいそうだ。
あれだよ、新しく手に入ったものっていじくりまわしたいじゃないか。
ラディスはお偉いさんみたいだし、仕事もたくさんあるんだろうなぁ。なんて思った丁度その時にドアがノックされ、一人の青年が入ってきた。その手に持っている用紙の束は仕事の追加だろうか。
それが机に詰まれると、机の真下に居る私にもその頂上が見えるようになったので、相当高く積まれているのだろう。
それを嫌な顔ひとつせずに受け取るラディス・・・偉い人は大変だなぁ。
そうとなれば、私にできることはただ一つ!邪魔をしないことである!!・・・という結論が出たのだが、果たしてそれは何処に居れば達成できるのか。
部屋を見回してみる。殺風景な部屋なので隠れる場所は無いに等しいし、ベッドの下――――は埃っぽそう。
あ、ベッドか!!
思いついた私は一目散にベッドへと駆け寄る。上れるのかは疑問だったが、流石は猫の体。余裕で上れた。
突然の行動にラディスが驚いているとも知らずに、私は予想外のもふもふ加減を堪能していた。一歩進むたびにバランスが崩れる。
人間の体ならもうちょっと安定するんだろうけどな、なんて思いながら枕元まで行き、もぞもぞとシーツの下に潜り込んだ。うは、何これ気持ち良いな。
「ソラ?どうしたんだ」
ラディスがシーツを軽く持ち上げて覗き込む。既に伏せの姿勢で敷布団をたしたし叩いていた私は、その姿を恥に思いながら彼の顔を見上げた。・・・って若干笑ってらっしゃる!!
あまりに恥ずかしくて丸くなると、「眠いのか」と背中を撫でられる。ええもう、そういうことにしてください。よかった、猫の頬は赤くならなくて。
沈黙を守る様子を肯定と取ったのか、ラディスは「おやすみ」と丁寧にシーツを駆けてくれた。
ちらりと見てしまった彼の微笑みは、殺人級だと思う。
今更だけれど、ラディスは整った顔をしている。いわゆる、イケメン。最初こそ無表情で冷たい印象があったのだけど、いやはやイケメンの笑顔と言うものは万国共通、いや全次元(?)共通なんだなぁ。
・・・なんて考えていたら、いつの間にか寝ていたらしい。おっかしいなー、さっきまで太陽がそこにあったのに。今あるの満月だよ。ウサギが餅ついてるよ。
実際、本当に寝るつもりはなかった。ラディスの視界に私が入らなければいいなーと思って、簡単に隠れられるのはここだと思った。
しかし、予想外に気持ちよかった。それが原因だちっくしょー。
もぞもぞとシーツから出で机を見ると、未だそこで仕事をしているラディスが居た。机の上の用紙が大分減っているが、まだ終わっていないらしい。
私はひとつあくびをして、目をこすろうとして口に手をぶつけた。猫の口(と言うか鼻)は出っ張ってるんだった。
慣れたと思っていたのに。まあまだ一日――――も経ってないしな、この姿。
またバランスを崩しながらなんとかベッドの端まで行く。降りようと思っていたはずなのだが、床までの距離を随分長く感じた。
あれ、恐いんだけど。バンジーする気分?
いやこのくらいなら猫だって降りてんじゃん。階段だって上り下りしてんじゃん。
・・・いや無理!!
「みゃーっみゃぁー!」
「ん?起きたのか」
諦めてラディスに助けを求めた。ゴメンね、仕事中に。
彼は私の元まで来ると私を抱き上げてくれた。これは大丈夫なんだけどな。むしろ安心する。
「よく寝てたな」
言いながら背中を撫でてくれる。ええ、私にも予想外でした。
「腹は減ってないか?もう大分遅いが」
そういえば減った気がする。肯定するように鳴くと、わかったのか私を抱えたまま部屋を出て行く。
いや、降ろしてくれていいんですけども。というか重くないのかな。
・・・猫になってまでこんな心配をするとは。
着いた先は食堂、というか高級レストランの食卓?だった。食事の時間は当に過ぎてしまっているらしく、そこは綺麗に片付けられていた。
そこを素通りして、厨房へ来る。中には下ごしらえ中のコックが数名いた。
「お、王子!!いかがなさいました!?」
「すまん、こいつに飯を作ってくれないか」
ラディスを見るなり慌てて姿勢を低くするコックたち。今彼らが「王子」とかいった気がするが・・・。いやまさかね、確かに偉い人みたいだけどね。
「は、はぁ、かしこまりました。・・・王子のお夜食はいかがいたしましょう?」
「俺はいらん」
「ですが、ご夕食も召し上がっておられませんし・・・」
「いらん」
聞き捨てならない台詞に、「王子」なんて単語はどこかへ吹っ飛んでしまった。
ご飯はいらないだって?何言ってるのこの人。
抗議を(無論みゃーみゃーと)言ったが、ラディスはそれを催促の声だと思ったらしい。こんなときだけできないのか以心伝心よ。いやさすがにこんな細かいことまで伝わったらそれはもうテレパシーだけど。
なんだか長くなりそうなので途中で。
感想くださった方、ありがとうございました!!とっても嬉しくて、一日中にやけっぱなしでした。
こんな拙い小説ですが、がんばりますので見守っていてください。