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青色の猫  作者: 猩々緋
11/17

その頃

今回はラディス視点です。

読まなくても支障はありません。ないはずです。

 ディックとライツがそろって帰ってきたことから、すぐに呼ばれるだろうとは思っていた。

 二人には俺の仕事を手伝ってもらっている。俺の力量では届けられる資料をこなしていくだけで手一杯で、国内の町村の視察までできない。

 キーリスには「必要ない」と言われたが、実際に見ないと世の中のことなどわかるはずもない。それでわかったなど、井の中の蛙だ。

 どうにか時間を作ろうと苦心していた時、二人が「手伝わせてください」と、必死な顔で申請してきた。

 最初に聞いたときは何を言っているのかと困惑したが、流してみても連日申請に来た。

 仕方なく、近場の町の視察を頼んだ。条件として、見たこと、聞いたこと、感じたことを一言一句違わず報告するように、と言って。

 一週間後に提出された二人の報告書は、俺が思っていたものより上等だった。普段惚けた行動ばかりするディックでさえ、想定以上に事細かく書いた報告書を提出したのだ。

 実際そのおかげで浮き彫りになった問題もあった。それの対策案を決定すると、また二人が手伝いを申し出てきた。そして、それも予想以上の成果を出して帰ってきた。

 それから二人にはよく手伝ってもらうようになり、いつしかそれが当たり前になっていた。

 彼らの報告書を見るたび思う。

 やはり、王位は彼らが継ぐべきなのだと。

 父上の寝室が見えてきた頃、同じく寝室に向かっていた二人に会った。嬉しそうに駆けて来る彼らに苦笑したが、彼らの後ろに控えていた騎士たちも困った用にこちらを見ていた。

 「ラディス兄様、今日こそは父上を納得させてみせますからね!」

 なにやら意気込んでいるライツ。ディックも同意して頷いていた。

 俺は何も言えず、ただ彼らを見た。

 この話し合いも、この会話も、もう何度目だろう。

 扉の前に立ち、その両脇に控えていた兵士が扉を開いたのと同時に足を踏み入れた。


 

 部屋の中央に天蓋の付いた大きなベッドが置かれている。そこに、上体を起こした父上が居た。

 中に居たメイドたちがベッドの近くに椅子を用意する。それに三人とも座り、父上がゆっくりと顔をこちらに向けた。

 「何を話すかは、わかっているな?」

 だるそうな低い声が言う。目元も少々窪んでいて、それほどの年でもないのに髪は白く、顔には少々皺があった。

 父上は病気だった。人にうつりはしないが、今この世界に治す術は存在していない。

 俺は彼の顔をきちんと見ることができなかった。視線を中心からずらしてしまう。

 けれど、父上はきっと俺のそんな様子に気が付いてはいない。彼の目にはいつも、ディックとライツしか映っていないのだから。

 「はい、承知しています」

 俺が声を発しても、彼の目はこちらを向かない。わかってはいるのだが、やはり少し悲しくなる。

 ディックたちは、その父上の態度が気に食わないらしい。入った当初から、彼らの眉間には皺が刻まれていた。

 ライツは一度深呼吸をしてその皺を消した。ディックは未だ消すことができずに居るが、ライツに背中を叩かれたことで我に返り無理矢理戻していた。

 「・・・我々も承知しています。ですが、答えは変わりませんよ」

 ディックが父上を見据えながら言う。膝に乗せられた手には力が入っていた。

 ディックの返答を聞いた父上はかっと顔を赤らめ「まだ言うか!」と怒鳴った。と同時に、苦しそうに咳き込む。俺は咄嗟に手を伸ばそうとしたが、慌てて引っ込めた。

 「王位を継ぐのはお前だ、ディック。その補佐をライツがする。どうして納得しない!」

 ようやく落ち着いた父上が吼える。ディックは父上を睨み、吼え返した。

 「だから、嫌だと言っているでしょう!私たちの中で一番統治力に長けているのは兄上です!」

 「あれには王位を継ぐ権利はない!あんな半端物」

 「父上こそ、まだ言いますか!民が求めているのは血筋ではなく統治力です!どこからそんなこの国ができる以前の常識を持ってきたんですか!!」

 二人は暫く睨み合い、父上が口を開こうとして再び咽た。横に控えていた侍従が背をさする。

 「父上、よろしいでしょうか」

 父上が落ち着いた頃を見計らって、ライツが父上を見つめながら口を開く。その瞳はどこか冷たく感じた。

 「先ほど父上は「半端者」と仰いましたが、私はこれを侮辱と取りました。大変腹立たしく思います。謝罪してください」

 ライツの冷え冷えとした視線と言葉に、父上は一瞬瞠目した。彼の言い方は目上に対するものではない。

 見ればディックも怒りがありありとわかる視線を父上に送っていた。

 「な、何を言っている?あれはお前たちに向けた言葉では」

 「ええわかっています。ですから、謝罪してくださいと申し上げているのです」

 「だから、何故私がそんな」

 「父上」

 ライツは(ことごと)く父上の言葉を遮り、瞳をより一層冷やしていく。

 「貴方は、母上を放っておいて夜な夜な遊び歩いたご自分を棚に上げるおつもりですか?」

 空気が凍った気がした。その中で、父上の顔だけが見る見る赤くなっていく。

 「何たる侮辱か・・・!お前、私を誰だとっ・・・げほげほっ」

 父上が今までよりも酷く咳き込む。壁に寄っていた医者もベッドに寄ってきたから、今日はこれでお開きだろう。

 俺が立ち上がると、ディックとライツも倣うように立ち上がった。俺は父上を一瞥し、扉へ向かう。その後ろでライツが父上に向かって言った。

 「貴方が誰か?そんなのわかりきってます。寝てばかりで政務のひとつもこなさず、口ばかりは出してくる。貴方は国王でもなんでもない、ただの頑固でうるさい父です」

 俺はその様子を耳だけで聞いていた。出る瞬間、父上の苦しげな呻きが聞こえた。

 


 「申し訳ありませんでした!」

 俺の自室へ戻るなり、付いてきたライツが勢い良く頭を下げた。

 ディックは父上の寝室を出てすぐ「僕はこれで失礼します」と行ってしまった。向かった先が兵の宿舎だったので、訓練と証した憂さ晴らしだろう。いつものことだ。

 「何がだ?」

 執務机に詰まれた資料を手に取り仕事をする。昨日の分も残っているので、いつもより急がなければならない。

 応えがないのでライツを見れば、俯いて拳を握っていた。

 「ラディス兄様に対し・・・大変失礼な物言いをしました・・・」

 言われ、何のことだか考える。ライツが言った言葉で当てはまりそうなもの・・・とは、あれか。父上が遊び歩いていたという。

 俺の母は元はただの町娘だったのだ。家は貧しく、本当に困ったときは体も売ったと言う。

 母と父上はそうして出会ってしまい、俺ができた。子供ができてしまったことから、仕方なく側室にあげたらしい。

 「気にするな。今更どうこうと気にすることでもない」

 言ってみたが、ライツの様子は変わらない。が、暫くすると「僕も、本日は失礼させていただきます」と、礼をして部屋を出て行った。

 その背中を見送った後、手に持っている資料に視線を戻した。しかし、何度読み直してみてもまったく頭に入ってこない。

 思わず部屋を見回すが、今現在この部屋には俺しか居なかった。

 資料を机に放ると、椅子の背もたれに身を預け天を仰いだ。自然とため息が出る。両手で目元を覆った。

 「あぁ・・・ソラに触れたい」

 言って、はっとする。そして苦笑した。

 ソラが来てから、まだ3日と経っていない。なのに、俺はもう依存しているようだ。

 自分自身に呆れたが、それでも気持ちは治まらなかった。

 あの短くも滑らかな毛が、自由に動く尻尾が、可愛らしい鳴き声が、透き通った瞳が、そして、纏っている雰囲気が、

 ひどくいとおしく、安心するものだったから。

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