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青色の猫  作者: 猩々緋
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その1

 気付いたら異世界に居た。そのことには歓喜したさ。なんたってずっとあこがれていたわけだし。

 しかし、意気揚々と歩いた先で見た現実には流石に卒倒しそうになったね。

 いやに近い地面、水溜りに映った自分の姿は―――――


 ロシアンブルー(猫)ってどういうこと?


 

 右を見ても左を見ても、私のいたコンクリートジャングルとは大違い。レンガ造りの家々に、そこらを闊歩する人々。たまに混じっている動物なんかは、私の常識なんか一瞬で投げ飛ばすようなおかしなものばかり。

 そんな風景をはじめに見たものだから、「異世界だー!トリップだー!」と諸手を上げる勢いで喜んでいた。そのときは地面に近いことも、四足で歩いていることも、興奮のあまり気が付かなかった。

 しばらくしてようやく気が付いたのは、闊歩する人々が私を奇異の目で見ている――いや見下ろしていることだった。

 この世界の人は背が高いんだなーなんてのん気に考えたものだが、それにしても差がありすぎた。これが身長のせいだとしたら、ここの住人は2m半だって裕に超える。

 そして現れたのが水溜りだ。この体躯では嫌でも水溜りに映った自分が視界に入る。

 そして今に至るわけだ。

 

 (ななな、何故に猫に!?ていうかこの世界にこの形の猫なんて居るの!?あ、居ないから視線が恐いのか!!)

 トリップした先で猫化なんて予想外だ。と言うか本当何故猫。私はどちらかというと犬派だ。

 しゃべろうと口を開いてみても、気の抜けるような泣き声しか出てこない。がっくりと肩をおろしたとき、いきなり首根っこを掴み持ち上げられた。

 (うわわ今度は何!?)

 突然のことに驚き手足をばたつかせながら顔を上げると、その視線はふてぶてしそうなおじさんの視線と重なった。

 思わず全身の毛が逆立つ思いだが、それは思いだけにとどまらず実際に逆立ち、耳や尻尾までもがぴんと立った。

 おじさんは品定めするようにじろじろと私を見回す。硬直する私を一通り見終わった後、にやりと笑って私を袋につっこんだ。

 袋は猫が入っているにも関わらず乱暴に扱われているらしく、ただでさえ悪い居心地が更に悪い。これは動物愛護団体に訴えられるのではないか。いや猫の言葉じゃ無理か。

 いやいやさっきからなんだか考える順序がおかしいな!そんなことより何故私が袋につっこまれたかを思うべきだろこれ!!

 当然私をどこかへ運ぶつもりなのだろうが、(万に一つもありえないが)このおじさんが私を飼うつもりならばもっと優しく抱いて運んでくれるはずだ。それとも小動物はこう運ぶのがこの世界の常識なのだろうか。なんとも優しくない常識だ。

 そんなことをぐるぐる考えている間に、硬い衝撃が私を襲った。どうやら袋を地面に置いたらしいが、もっと丁寧に扱えってば。

 耳をすますと、なにやら話し声が聞こえる。随分静かだが、たくさんの人の気配がする。「面白い品を手に入れました」なんて声がしたと思ったら、袋の口があけられ、そこから図太い手が侵入してくる。

 なんだこれ。ホラーか。

 目の前に迫る手に恐怖を覚え硬直する。するとその手は今度は首根っこどころか私の体を掴み、袋から引きずり出した。

 出た後も持つ手を変えられたくらいで離れない手に嫌悪感を感じながらも、顔を上げれば視界に入るのは数段しかない階段。騒然とする辺りを無視してもう少し頑張って顔を上に向かせると、階段の頂上にある仰々しい椅子に座った無表情の男と、その斜め後ろに控えるように立っている初老の男が見える。

 「遥か東の国から手に入れた獣でございます。言語が違いますので名は聞き取れませんでしたが、この大きさです。愛玩動物としていかがでしょう?」

 そう言ったのは私を袋に突っ込んだあのおじさんだった。この手も彼のもののようだし、つまり今言っていた獣も私のことなのだろう。

 とんだうそつきだなこの男。そこらで拾った猫を「遥か東の国から手に入れた」だって。さっき道で拾った野良猫じゃないか。

 抑えられているから体の自由は利かないが、その顔を爪で引っ掻き回したくなる。

 珍しいからか相変わらず騒然とした声がうるさいくらいに響く。それが聞こえないように耳を倒した。

 「わかった、その獣私が買い取ろう」

 椅子に座った男がそう言うと、周囲は更に騒然とした。動物の耳は人間より発達していると言うが、まさかそれを実感する羽目になろうとは。うるさくて仕方ないぞ今。

 「ラ、ラディス様!あのような得体の知れない獣をお買いになるのですか!?」

 「ああ、興味がある」

 控えていた初老の男が、慌てたように椅子に座った男に言う。変わらず無表情ではあるが、その男はけろりと言ってのけた。

 周囲の声はいつの間にか薄れていた。多分呆然としているのだろう。私だって空いた口がふさがらない気分だ。仰々しい椅子に座って、様付けで呼ばれている辺りかなり偉い人なのだろう。イメージ的には王様か王子様だ。

 そんなお方が見たこともない獣を飼うなんて、そばに居るものとしては心配でたまらないのだろう。

 未だなんやかんや言っている初老の男を無視して、ラディス様と呼ばれた男は数人の女の人に声をかける。声をかけられた、中世のメイドさんのような格好をした女性3,4人が私の元までくると、1人が恐る恐る私を抱え上げてどこかへと連れて行った。あー、やっぱり運ばれるならこっちのほうがいいや。



 運ばれた先はお風呂のようだった。だた、その広さは一般家庭にはありえないものだったけど。

 そこで隅から隅まで綺麗に洗ってもらって、再びどこかへと運ばれていく。洗われている途中、全く抵抗しなかった私に安心したのか、女性は先ほどよりもびくついてはいなかった。

 ノック、返事、かちゃりで入った部屋には、机に向かっているラディス(様、はいいか)が居た。女性たちは彼に一礼すると、

 「先ほどの獣と、その寝床をお持ちしました」

 と、1人の女性が言いながらもう1人の女性が持っている、布団を敷いたかごを見る。ラディスは机上に向けていた視線をちらりとこちらによこし、「そこら辺においておけ」と言って視線を戻した。

 ようやく地に足をつけた私のそばにかごを置いて、女性たちはまた一礼して部屋を出て行く。

 その様子を気に止めた風もなく黙々とペンを走らせるラディス。何をしているのかと近づいてみるも、机上が見えるはずもなかった。

 部屋を見回してみると、大きなベッドに飾りテーブル、タンスに本棚に目の前の机、という、なんとも殺風景な部屋だった。ベッドがあると言うことは寝室なのか。ならばこんなものか?と首をかしげていると、

 「どうした?」

 と、頭上から声が降ってきた。まあこの部屋には今現在ラディスと私しかいないのだけども。

 彼を見ると、変わらぬ無表情で、ペンを持ったまま私を見ていた。なんでもないよー部屋見てただけだよーなんて気持ちを込めて「みゃー」と鳴いてみれば、一瞬きょとんとした後、ようやくペンを置いて私を抱え上げた。

 「ずいぶんかわいらしい泣き声だな」

 そう言って、私を自分の膝の上に乗せて、私の頭を撫で始めた。

 動物に話しかける人は、大半がやさしい人なのだと思う。

 彼もきっと、そういう人なのだろう。

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