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深淵紀行  作者: 梓UU
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薄雨降る領地

曇り空は厚い雲に覆われ、糸のような小雨が大地に降り注いでいた。伯領邸内はひっそりと静まり返り、レオンは窓の外の景色をちらりと眺め、無表情なまま魔法書を手に取り読み進めていた。


漆黒の短い髪はさっぱりと整えられ、深い瑠璃色の瞳には淡々とした冷めた色が宿っている。まだ十二歳という幼い年齢で、同年代の子供たちが無邪気さに溢れる中、彼だけは年不相応な落ち着きを持っていた。間もなく、カタリ貴族魔法学院へ入学することになっている。


ぽつり、ぽつりと雨音は次第に激しくなり、窓を叩く澄んだ音が響き渡る。扉の外からノック音が響き、レオンは本を閉じる。年相応の穏やかな心根を瞳の奥に収め、顔を上げた瞬間、幼らしい清らかな雰囲気をまとい、無邪気な子供らしい口調で告げた。


「どうぞ、入って。」


「レオン様。伯爵様より伝言がございます。前線の戦況が依然として不安定なため、ここ二ヶ月ほどは戻れないとのことです。」


メイドのジャスミンが漆黒の木戸をそっと開け、柔らかく穏やかな口調で室内へと歩み入る。白い手には華やかに包装された長い木箱を捧げ持ち、中には高価な代物が納められているようだ。


「そうか……辺境の魔物戦線も依然として混乱しているのだな。だが、父上にはコリン叔父様の助力がある。すぐに事態は収まるだろう。」


レオンはそっと頷く。身長はジャスミンの腰ほどしかない幼い姿ながら、言動はまるで大人のように落ち着いていた。


ジャスミンは木箱を恭しくレオンの前に差し出す。立ち振る舞いは端正で優美で、深い教養と気品がにじみ出ており、他人の前でもメイド兼護衛としての自信を失うことはない。


箱が開かれ、漆黒の短剣が冷たく中に横たわっていた。刀身には古き紋様が彫り込まれ、心を揺さぶるような危うい気配を漂わせ、高位魔法師が作り上げた極上品であることが一目でわかる。


レオンは慣れた手つきで短剣を取り、空中で軽く振ってみる。身軽で鋭利な切れ味を感じ、紅黒の冷たい軌跡を空に描き出す。短剣を箱へ戻し、低く囁いた。


「見事な武器だ。そういえばジャスミン、お前は短剣や小刀を扱うのが得意だったな。」


「よければ、この短剣を贈ろう。」


ジャスミンは一瞬呆然とし、紅い瞳に驚きの色が浮かぶ。この武器の希少さと価値を知っており、心から憧れを抱きつつも、自身の欲望を強く抑え込んだ。


銀白の髪が首を傾げる動作でそよぎ、白く美しい顔には気後れした恥じらいが広がり、耳元まで淡く赤らむ。遠慮するような口調で断る。


「レオン様、これほど高価な武器、私のような者が扱うには不相応です……」


「いい、聞きなさい。これはただの贈り物ではない。私を守ってもらうため、一時預かっておいてくれればいい。」


レオンは柔らかく彼女の言葉を遮り、穏やかな笑みを浮かべたまま木箱を少女の手に押し渡す。そして振り返り、机へ座り再び魔法書を読み始めた。


ジャスミンは箱の中の短剣を長く見つめ、机で読書する少年の姿へと視線を移し、心から感謝の念に満ち、紅い瞳に嬉しい輝きが宿った。


これほど高価な武器を手にするのは生まれて初めてだ。レオンの言葉には施しも命令もなく、心からの認知が込められており、大切にされている実感を覚え、自然と柔らかな笑みがこぼれる。


他の貴族の護衛たちはいつも厳しく冷めた表情を崩さず、襲撃への警戒で常に神経を張り詰めているのに対し、ジャスミンは伯領邸全体を照らす小さな太陽のように、穏やかで暖かい笑顔で周囲を和ませていた。


レオンは恭しく一礼して立ち去る少女をちらりと眺め、淡い笑みを浮かべていた。だが彼女が背を向けた瞬間、その表情は一瞬で消え失せる。


束の間の笑顔は儚い幻のように消え、瞳はまるで別人のように冷めきり、部屋は再び静けさに包まれた。


扉が閉ざされ、廊下に立つジャスミンは今でも夢のような不思議な心地に包まれていた。淡い灯りが白い肌に降り注ぎ、薄い衣のように柔らかく包み込む。


指先で箱の短剣をそっとなぞり、何か思いついたように一瞬目を丸くし、やがて愛らしい笑みを唇に浮かべた。


「素晴らしい武器だ。これがあれば、レオン様を守るのもより一層捗る……」


夜が訪れ、雨音は次第に収まり、厚い雲が晴れ渡り、澄んだ夜空が広がる。雨上がりの清々しい空気と土の香りが漂い、レオンはバルコニーに立ち、そよ風が短い髪をなでる。背後の微かな気配に気づきながら、一切反応を見せない。


ほのかな香りのするウールの肩掛けがそっと肩にかけられ、夜風の冷たさが和らいでいく。ジャスミンは穏やかな笑みをたたえ、静かに彼の背後に佇んでいた。


レオンは彼女の細やかな配慮に慣れきっている。行き届いた世話、聡明で分別のある立ち振る舞い、自身の立場と節度をわきまえた振る舞いを心得ている。


レオンは遠く連なる山々を眺め、表情から一切の感情を読み取ることはできない。静かな伯領邸の裏側では、領地の隅々に暗い流れが渦巻き、陰謀と悲劇が静かに胎動していた……


「急げ!」


「全員気を引き締めろ。もうすぐ集落に着く、音を立てずに進め!」


ぱたぱたと泥道を進む馬蹄音が夜の静寂を打ち砕く。先頭の男は猟奇的で恐ろしい鬼面をつけ、仮面の奥の瞳には残酷で凶悪な光が宿っている。


背後には黒いローブをまとった集団が従い、フードの影に顔を隠し、重たい殺気をまとい、集落へと向かって進んでいく。辿り着いた一同は馬を降り、足音を忍ばせて木立の中へ潜り込む。


男の身に淡い灰色の魔力が漂い、探査魔法が発動している証だ。何度も下見を重ねたにもかかわらず、慎重に周囲を探り、細い灰色の魔力糸が毒蛇のように集落周辺を這い回る。


彼がこれほど慎重なのには理由がある。伯爵配下の護衛たちは周辺を常に巡回し、実力は強大であり、正面から衝突しても決して得はない。身元や目的が露見すれば、厳重な警戒で身動きが取れなくなるだけだ。


再三確認した結果、護衛たちの魔力気配は一切感知されなかった。仮面の奥で残酷な笑みを浮かべ、軽く手を振ると、後ろの黒衣の集団は次々と行動を開始した……


悲痛な泣き叫び、恐怖の絶叫、絶望の懇願が集落全体に響き渡り、夜の静けさを打ち砕く。夜空はただ静かに全てを見下ろし、抵抗する者は容赦なく命を奪われ、濃厚な血の匂いが空気に充満し、地面は血で浸かり尽くされた。


黒衣の集団は財産と若い女性たちを略奪し、荒れ果てた廃墟だけを残し、老幼婦人たちが怯えて身を寄せ、絶望に泣き崩れる姿が残された……


朝が訪れ、青々とした草の葉に透明な露が結ばれ、枝葉をしならせている。小鳥が伯領邸の屋根を巡り、さえずり声を響かせる。


朝日が窓から差し込み、ジャスミンの顔を柔らかく照らす。彼女は他の使用人たちと共に朝食の支度に忙しく動いていた。レオンと出会ってから、このような穏やかな日常が当たり前となり、面倒だと思うこともなく、心から真心を込めて世話を尽くしてきた。


「ジャスミン様、今日は何か良いことでもあったのですか?」


「ええ、ずっと笑顔でいらっしゃいますわ。」


メイドたちが彼女を囲み問いかける。銀白の髪を指でそっと撫で、少し照れたように答える。


「それは秘密よ。」


彼女は慌てて食卓の準備を続け、好奇心を抱く使用人たちを振り返り、少女らしい純粋な思いを瞳に宿らせる。


清らかな笑い声が朝の風に乗り、整頓された食堂に広がる。彼女はうつむいたままテーブルクロスの皺を丁寧に整え、無邪気で柔らかな表情を浮かべていた。


同じ頃、城の西側にある訓練場には強い日差しが降り注いでいた。


レオンは質素な稽古着を身にまとい、傷だらけの古い木剣を手に持つ。普段使用人たちに見せる穏やかな笑顔を消し去り、幼い顔つきに強い決意と厳粛な雰囲気が宿る。甲冑をまとった護衛隊長へと駆け出し、相手が迎え撃つ木剣を弾き、勢いを殺すように後ろへと下がる。


隊長はすぐに追い討ちをかけ、胸元へ向けて斬りかかる。レオンは素早く身を躱し、腰を大きく反らして巧みな身のこなしで攻撃をかわし、攻防の駆け引きを繰り広げる。


再び襲い来る斬撃を、今度は躱さず木剣で受け止める。強い衝撃が全身に伝わり、骨の隅々まで疼きが広がる。


動きを止めることなく体内の魔力を巡らせ、指先に冷気を宿らせ、掌から一気に冷気を広げる。手のひらで隊長の木剣を強く叩きつけ、凍てつく寒気が木剣を浸食し、ぽきりと木剣は真っ二つに砕けた。


戦いはまだ終わらない。よろめき後ろへ下がる隊長の前へ素早く駆け寄り、慣性の勢いを利用して空中で一回転し、連続蹴りで相手を強く弾き飛ばし、地面に倒し込む。


護衛隊長は落胆することなく立ち上がり、勢いよくレオンへ突進してくる。レオンは一瞬足を止め、微かな笑みを唇に浮かべた。これまでの剣術の応酬、接近戦の駆け引きは全て意図的に仕掛けた偽りに過ぎず、真の奥義を隠すための演技だ。


稽古が始まった当初から、彼は隠蔽魔法、感知鈍化魔法、地中蔦拘束の三重罠魔法を密かに張り巡らせ、魔力を一切漏らさず、誰にも気づかれることはなかった。隊長の手がレオンの顔元に迫る刹那、隠された罠魔法が一気に発動する。


ぶつり、ぶつりと地中から大人の腕ほど太い蔦が突き出し、隊長の全身をきっちりと縛り上げ、身動き一つ取れない状態に封じ込める。


「レオン様、負けました!降参です!私の敗北です!」


レオンは魔法を収め、訓練場での厳しい表情を和らげ、いつもの穏やかで親しみやすい姿へと戻る。感嘆するような口調で告げる。


「タロム、見た目は私の勝ちだが、貴方が手加減してくれただけだ。」


タロムは頭を掻き、腰ほどの身長しかない少年を見つめ、敗北の悔しさを微塵も感じていない。


「とんでもない。レオン様の魔力があまりにも巧みで、魔法が発動する瞬間、一切気づくことができませんでした。」


「それに、ローシと賭けをしておりまして、私が魔法を一切使わずに貴方に敗北すれば、金貨一枚を貰える約束なのです。」


タロムの言葉を聞き、レオンは思わず苦笑する。和気あふれる会話を交わしていたところ、一人の護衛が慌ただしく駆け込み、焦りと驚きに満ちた表情で叫んだ。


「レオン様!大変です!」

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