第七十八章 回収
十二月十五日。午後。
直人は池袋のシェアオフィスに急いだ。早川がすでにモニターの前にいた。
「どういうことだ」
「政府が動きました。首里城の出土品——漆箱、印章、巻子——を『国家的重要文化財の可能性があるもの』として、文化庁の管理下に移すと。名目は保存と研究のためっすけど——」
「実質的な回収だ」
「ですね。沖縄県は反発してます。比嘉さんから連絡がありました。『県として抗議する。出土品は沖縄の文化財であり、東京に持っていかれる筋合いはない』と」
直人はスマートフォンで真琴に連絡した。
「真琴さん。ニュースは見ましたか」
「見ました。——内閣官房が文化庁を動かしたのでしょう。巻子と同じパターンです」
「物証が全部、国に吸い上げられる」
「はい。でも——」
真琴の声に、以前のような動揺はなかった。
「でも、もう遅いんです。印章と巻子は公開の場で発掘され、写真と映像が全世界に配信されている。早川さんのライブ配信は五万人が見ていた。物証を回収しても、情報は回収できない」
「そうだが——原本がなければ、今後の検証が——」
「検証は必要です。でも、検証よりも大切なことがある」
「何ですか」
「声を届けることです。照屋真栄さんの声。比嘉さんの声。そして——私たちの声。物証がなくても、声は消せない」
直人は電話を切り、椅子に座った。
物証の回収。暗号の原本は、次々と国家の金庫に消えていく。二重和紙の巻子。首里城の出土品。沖縄の洞窟は封鎖されたまま。
だが——拓本はある。写真はある。データはある。照屋家の口伝は真栄自身が書き下ろしてくれた。二重和紙の製造技術の試作品は、京都の町家から預かった。
暗号は物証の中にだけあるのではない。声の中にもある。記憶の中にもある。物証を奪われても、声と記憶は残る。
そして——直人の手の中に、靴墨の拓本がある。
この拓本だけは、誰にも渡さない。




