第九十四章 ハートリー教授の手紙
七月一日。
修復室のデスクに、大判の封筒が置かれていた。書陵部の受付を通じて届いたものだ。差出人はオックスフォード。マーガレット・ハートリー。
紙の手紙だった。メールではなく。
直人は封を切った。便箋三枚。万年筆の手書き。インクは濃紺。そして——一枚の写真が同封されていた。
写真は、古い書籍のページを撮影したものだった。英語の活字。ページの上部にタイトルがある。『A Diplomat in Japan』——アーネスト・サトウの回想録。一八七四年にロンドンで出版された。サトウは英国公使館の通訳官として、幕末から明治初期の日本に十八年間滞在した人物だ。日本語に堪能で、日本の政治と文化に深い理解を持っていた。
ハートリー教授の手紙を読んだ。
『Dear Naoto,
まず、あなたとチームの発見と行動に、研究者として最大の敬意を表します。学術論文を拝読しました。修復学の知見から歴史を書き換える仕事は、分野の壁を超えた真の学際研究です。
同封の写真を見てください。サトウの回想録の中で、これまで日本史研究者が注目してこなかった一節です。サトウは名前を記していませんが、文脈から——三条家の人間と会話していることは明白です。時期は明治五年、一八七二年です。
該当箇所の拙訳を以下に記します。
「彼は私に、日本という国は未だ完成していないと語った。国の形は決まっているが、国の魂はまだ定まっていない。魂を定めるのは、一人の天皇でも一人の将軍でもなく、すべての人民であるべきだと。私はこれを当時の自由民権運動の影響かと問うた。彼は首を振り、こう答えた。『自由民権ではない。もっと古い考えだ。この国が始まったときから、ずっとあった考えだ。天と地の始めから』」
天と地の始めから。
Naoto、あなたたちが金箔の神代文字から解読した「天地の始め」と、この会話は完全に符合しています。サトウと会話した人物が三条実朝その人かどうかは確認できませんが、実朝の思想圏にいた人間であることは疑いの余地がありません。しかも明治五年という時期は、実朝が暗号の設計に着手したと推定される時期と重なります。
もう一つ、お伝えしたいことがあります。私が三十年間研究してきた「巡幸の終点は始点」という謎についてです。
答えが、ようやく見えてきました。
巡幸のルートを地図上に描くと、東京を出発し、東海道から関西、山陰、山陽、九州、そして東京に戻る。円環です。最終地点は東京——皇居。そして始点も東京——皇居。終点と始点が同じ場所。
そしてあなたの旅も同じ構造を持っています。あなたは皇居の石垣の光から始まり、伊勢、出雲、京都、沖縄を巡り、そして今——再び修復室に戻った。修復室は皇居の敷地内にあります。あなたの旅も円環を描いて元の場所に戻った。
だが、あなた自身は変わった。同じ場所にいるが、同じ人間ではない。旅の前のあなたと旅の後のあなたは、同じ修復台の前に座っていても、見ている風景が違う。
これが暗号の最終的な設計思想です。変わりながら戻る。更新しながら維持する。未完のまま完成する。円環は、始まりと終わりの区別を消滅させます。始まりが終わりであり、終わりが始まりである。暗号もまた、解読されて終わるのではなく、解読されることで新たに始まる。
With deepest respect,
Margaret Hartley
P.S. いつか日本を訪れたいと思います。膝が許せば。あなたの修復室を見てみたい。そして——あなたが修復した巻子に、触れてみたい。研究者としてではなく、一人の読者として。』
直人は手紙を修復台の上に置いた。
便箋のインクの匂いが、修復室の空気に溶けた。紙の手紙。オックスフォードから東京まで、飛行機と配達員の手を経て届いた物理的な紙。メールなら数秒で届く情報を、何日もかけて紙で送る。ハートリー教授は——紙の力を知っている学者だ。
巡幸の終点は始点。旅は円環を描く。同じ場所に戻るが、旅人は変わっている。
直人は修復室を見回した。温度二十度。湿度五十五パーセント。修復台。手袋。ルーペ。障子紙。すべて同じだ。一年前と何も変わっていない。
だが直人は変わった。一年前の直人は「壊れたものを元に戻す」修復士だった。今の直人は「過去を未来に渡す」修復士だ。同じ部屋にいる。同じ道具を使う。だが見えている風景が違う。
未完のまま完成する。暗号は——すでに完成していたのかもしれない。空白のまま。未完のまま。それが完成形だった。完成していないことが、完成の証だった。




