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第九十三章 学術調査  

六月。

 書陵部に返還された巻子の学術調査が、正式に開始された。

 調査チームは七名。主任研究員は琉球大学の考古学教授。副主任は永田修造。修復担当は鷺宮直人。文書解読担当は九条真琴。材質分析担当は早川雅彦。歴史文脈担当は東京大学の日本近代史教授。そして——三条冬美が口伝資料の提供者として参加した。

 調査は書陵部の修復室で行われた。直人の修復室が、学術調査の拠点になった。

 六月三日。巻子の精密調査が始まった。

 直人は巻子を修復台に広げた。何度も触れた紙。だが今回は——学術調査の正式な手続きの下で、記録を取りながらの作業だ。

 早川が非破壊分析装置を持ち込んだ。蛍光X線分析。赤外線反射撮影。マルチスペクトル撮影。

「先輩。まず表層の楮紙の成分分析から入ります。それから裏層の雁皮紙。二層の界面——繊維操作の領域を、ミクロン単位でマッピングします」

 調査は三週間続いた。

 結果は——直人と早川がこれまでに得ていた知見を、すべて裏付けた。さらに新しい発見もあった。

 新発見。二重和紙の二層の間——楮紙と雁皮紙の界面に、第三の物質が存在していた。蛍光X線分析で検出された微量の金属元素。金。

 金箔の微粒子が、二層の間に散布されている。肉眼では見えない。赤外線撮影でも検出できない。だが蛍光X線なら検出できる。

「金箔の配置に——パターンがあります」早川がモニターを指さした。

 金箔の微粒子は、ランダムに散布されているのではなかった。規則的な配置。点と線のパターン。

「これは——」真琴がモニターを覗き込んだ。「漢字ですか?」

「漢字——いや、もっと古い。これは——」

 直人が言った。

「神代文字だ」

 神代文字。漢字伝来以前に日本で使われていたとされる文字体系。学術的には存在が確認されておらず、偽作とされることが多い。だが設計者はこの文字を選んだ。

「偽作かどうかは問題じゃない」直人が言った。「設計者がこの文字体系を使った事実が重要だ。漢字でも仮名でもない、第三の文字体系を選んだ。なぜか」

 真琴が答えた。

「漢字は中国から来た文字です。仮名は漢字を崩して作った文字。どちらも外来の要素を含んでいる。設計者は、日本の独自性を象徴する文字として神代文字を選んだのではないでしょうか。真偽ではなく——思想として」

 早川が金箔のパターンを解読した。

 五文字。

「解読結果。『アメツチノ ハジメ』。天地の始め」

 天地の始め。古事記の冒頭。日本の国土創生神話の最初の言葉。

 設計者は——暗号の最深部に、この国の始まりの言葉を刻んでいた。漢字でも仮名でもなく、神代文字で。金箔の微粒子で。肉眼では決して見えない形で。

「暗号の全体構造が——見えた」直人が言った。「表層は明治の思想。中層は国家の座標。そして最深部は——天地の始め。解読を進めるほど、古い時代に遡る。設計者は国の始まりまで遡って問い直そうとした。この国は何か。この国の始まりは何か。——そして、始まりはまだ終わっていない」

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