第九十一章 裁判
四月十五日。東京地方裁判所。
真壁透の初公判が開かれた。
傍聴席は満席だった。抽選倍率は十二倍。メディアの法廷画家が、被告人席に座る真壁の横顔を描いている。
真壁は灰色のスーツを着ていた。拘置所で痩せたが、背筋は伸びている。目は——澄んでいた。
直人は傍聴席の最前列にいた。隣に真琴。その隣に早川。三条冬美は体調を考慮して京都から来なかったが、三条財団が弁護費用を全額負担している。
検察の冒頭陳述。
「被告人・真壁透は、内閣情報調査室に在職中、業務上知り得た秘密をUSBメモリに複製し、第三者である鷺宮直人に漏洩した。これは国家公務員法第百条に違反する行為であり——」
淡々とした陳述。法の論理としては明快だ。真壁は秘密を漏らした。それは事実であり、否認されていない。
弁護側の冒頭陳述。
「弁護人は、被告人の行為が国家公務員法に形式的に抵触することを争いません。しかし、被告人が漏洩した情報の内容と、その行為の動機、そして行為がもたらした社会的帰結を、裁判所に判断していただきたい」
弁護士の山崎は、USBメモリの内容を法廷で開示した。
暗号に関する内調の全ファイル。首里城地下空洞のレーダーデータ。真壁自身の分析レポート「未完の神器」。
「これらの情報は、日本の歴史と文化に関わる重大な発見に直結するものでした。被告人は、この情報が政府によって秘匿され、国民の目に触れることなく消滅する危機にあると判断し、情報を民間の研究者に託しました。被告人の行為は——内部告発に相当するものです」
検察が異議を唱えた。
「弁護人の主張は本件の争点と無関係です。被告人の動機がいかなるものであれ、秘密漏洩の事実は変わりません」
裁判長が発言した。
「弁護人の主張を続けてください。動機と情状は量刑判断に関わります」
弁護士は、直人のウェブサイト「未完の神器」の内容、学術論文の掲載、首里城での発掘結果、そして真壁の漏洩した情報がこれらの成果にどう貢献したかを、一つ一つ説明した。
最後に、真壁本人の意見陳述。
真壁は被告人席に立ち、裁判長を見つめた。
「私は、国家公務員として秘密を漏らしました。その事実を認めます。弁解はしません。——ただ、一つだけ申し上げたいことがあります」
真壁の声は静かだった。法廷全体が耳を傾けた。
「私が漏らした情報は、百五十年前に日本国に埋め込まれた暗号に関するものです。この暗号は、国家の未来を次の世代に委ねるために設計されました。暗号の設計者は、空白を残しました。空白は——固定された答えではなく、変わり続ける問いです。国家公務員法は、国家の秘密を守るための法律です。しかし——国民に問いかけるために埋め込まれた暗号を秘匿することは、国家の秘密を守ることではありません。国民の権利を奪うことです」
傍聴席が、静まり返った。
「私は——空白を守りたかったのです。空白が秘密として葬られることなく、国民の手に届くように。空白を守ることは——国家を守ることと同じだと、私は信じています」
真壁は着席した。
直人は、被告人席の真壁の背中を見つめた。灰色のスーツ。伸びた背筋。
あの夜、バーのカウンターでウイスキーを飲みながらUSBメモリを差し出した男が——今、法廷で国家と対峙している。




