第八十四章 面会
二月三日。東京拘置所。
直人は真壁との面会を申し入れた。弁護士を通じた手続きで、三十分間の面会が許可された。
アクリル板越しの対面。真壁は拘置所の灰色の服を着ていた。顔色は悪くなかったが、目の下に隈がある。
「鷺宮さん。来てくれましたか」
「当然だ。——体は」
「大丈夫です。三食出ますし、本も読めます。むしろ——内調にいたときより、時間がある」
真壁は苦笑した。だがその笑いはすぐに消えた。
「USBメモリのデータは」
「弁護士に渡した。裁判で使う方向で調整中だ」
「ありがとうございます。——鷺宮さん。一つ、お聞きしたいことがある」
「何でも」
「サイト——『未完の神器』。見ました。拘置所でもインターネットは使えないのですが、弁護士がプリントアウトして持ってきてくれました」
「読んでくれたのか」
「全部読みました。そして——一つ、足りないものがあります」
「何が」
「維持派の視点です。サイトには更新派の思想が詳しく記述されている。三条実朝の設計思想。空白の哲学。未完の希望。——だが維持派が何を考え、何を守ろうとしてきたかが、薄い」
直人はアクリル板の向こうの真壁を見つめた。
「維持派は——暗号を封じる側だった。その視点を公開することは——」
「封じる側にも、思想があったのです。維持派は暗号を憎んでいたのではない。暗号を愛していた。愛していたからこそ、守ろうとした。空白を守る。未完のまま保存する。それは——消極的な行為ではなく、積極的な選択だった」
「空白を守ること自体が——」
「維持派のメッセージです。空白を書くことだけが正解ではない。空白を空白のまま守り続けることも——一つの答えだ。更新派は『書け』と言い、維持派は『守れ』と言った。どちらも正しい。どちらも——暗号を愛していた」
真壁の目が、潤んでいた。
「鷺宮さん。私の分析レポートを、サイトに追加してもらえませんか。個人情報を除外した版で構いません。維持派の末裔が何を考えていたか——それを世に出したい。拘置所の中からでは、自分では何もできない」
「必ず出す」
「もう一つ。拘置所の中で、一つの文章を書きました。弁護士に預けてあります。——空白の第五条について、維持派の立場から書いた文章です」
「空白の第五条を——維持派が書いた?」
「書いたというより、守るために書いた。空白を書くことと、空白を守ることは、矛盾しない。空白を書くとは——空白の価値を言葉にすること。空白そのものを埋めることではなく」
面会時間が終わった。看守が立ち上がるよう促した。
真壁は最後に言った。
「鷺宮さん。暗号は問いだと、レポートに書きました。問いには答えが必要だ。だが——問いの答えが、新しい問いであってもいい。空白の第五条の答えが、新しい空白であっても。——未完は、終わらない」




