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9憂さ晴らし(終)

 王選会議でのモスコンの顔は見ものだった。モスコンは地団駄を踏んで悔しがり、本気でおれたちを排除しようとしたが、それはローダセスやレガート、並びに霊廟まで同行した貴族たちが許さなかった。


 次の王が決まった瞬間だった。


 そして今、王冠はおれの頭の上にある。厳密には執務室の一角、側机の上に、ゲンドール王の剣とともに安置しているが。紛うことなきお飾りの王。むしろ実力を持たないからこそ、ローダセスらモスコン家以外の有力者にも受け入れられたと言えよう。


 おれはおよそ想像もできなかったような豪奢な執務室の中で、寝そべられそうなほど大きな机を前に、どこまでも沈んでいきそうな椅子に座って肘をつく。


 机の上には膨大な量の書類が撒かれている。お飾りの王といえど、やるべきことは尽きないのだ。新王に対する挨拶の手紙くらいなら容易にさばけるが、人事や会計、土地や権利のような実務に関わる書類――ほとんどが承認を求める者だが――となれば、一介の小男に扱えるわけもない。戴冠から早三日、おれの口からため息とうめき声が途切れることはなかった。


 時刻は昼前、王の執務室に来客があった。


 扉が叩かれるのに返事するのも面倒で、見えもしないのに手を振って招き、頬杖を突いた。誰が来るにしても上品に、音を立てずに開かれる扉が、今日だけはばたりと無遠慮に開かれた。一瞬おれの正体を知った敵か何かかと思って心臓が跳ねたが、入室してきたのは相も変わらず血色の良いラナだった。


 おれが戦力にならず、机の上の書類も含めてほとんどを担ってくれているはずだが、忙殺されて息も絶え絶えの自分とは違い、生き生きとしているように見える。ラナの能力をもってすれば、別に不死鳥の力を借りずとも、王位をモスコン家から奪い返していたのかもしれない。


「ありがとう。これも持って行ってくれ」

 少し前に事務官から渡された書類の束を差し出す。しかし、机の前まで進み出たラナは微笑みを浮かべるばかりで受け取ろうとはしない。そこでようやく雰囲気が普段と違うことに気が付いた。


「どうしたんだ? いよいよ仕事が嫌になったか」


 冗談を飛ばしながら、おれは無意識に頬杖をやめて、背筋を伸ばした。思えば扉を開ける動作も、歩み寄る姿勢も、令嬢然とした優雅で柔らかなものではなく、注意深く、それでいて堂々としたものに見える。表情も違う。不本意にも気が付けば目を奪われてしまうような清純な笑顔ではなく、どことなく邪気を纏い、腹に一物抱えていそうな挑戦的な笑顔だ。


「お疲れのようだね。くまがひどい」

 心にすっと寄り添う優しい声音ではなく、野心や陰謀を冷めた声音で包んでいるかのようで、警戒心が沸き上がる。自身の目の下を指さす仕草だけは少女らしい純朴さをはらんでいた。


「仕事なら問題ないさ。自室に持ち帰って捨てるだけだからね。けれど、それももう終わりだ」

 はっきりと、不穏な空気。


「それは、どういう意味だ?」

 不安感で胸が締め付けられる。顔には出さずに済んだが、声が掠れてしまった。


「言葉通りの意味さ。君は王位を三日で追われ、これからしばらくは二人そろって逃亡生活だ」


 走馬灯のようにあの日――村で少女に捕まった夜からの出来事が脳裏を駆け巡る。短くも波乱の旅路。その日々を逐一吟味するまでもなく、おれはラナの言葉を理解していた。


「……やっぱり、嘘だったか」

 おれはいいように操られた悔しさと恥ずかしさを取り繕うこともできずに、歯を食いしばりながら俯いた。机の上で組んだ指は力が入って赤い。


「その通り。王女だなんて真っ赤な嘘だ」

 ラナがレガートや、並みいる貴族たちに見せたペンダントを、再び取り出した。その骨董品が、いや、むしろそれをみた貴族たちの反応が、ラナの身分に信憑性を加えていたのだ。いつの間にかおれは、ラナを信じてしまっていた。


「それは本物なのか? 貴族はぴんときたみたいだったけど」

「さあ? 本物の可能性は高いだろうけどね。以前に騙した貴族の家からくすねてきたんだ」


 骨董品として市に流れていたものをたまたまその貴族が見つけたらしい。保守派の貴族が後生大事そうに保管していたから、偽物とすり替えて持ち出した。


「調べてみればかなりよくできているからね。これは使えると思った」

「それで国家転覆を?」

「きっかけはね。計画を練っていると、偶然にもいろいろと条件が揃ったんだ。最悪ペンダントが偽物でも、言葉だけで説得する自信はあったしね」

 ラナが何の衒いもなく言ってのけた。


「なら、国を乗っ取って、お前は何がしたかったんだ?」

 得体のしれない少女に恐る恐る聞く。

「なに、ちょっとした憂さ晴らしさ」

 晴天の太陽は明るく、室内に光は十分だったが、ラナは手慰みをするように油皿に火を灯した。


「私は伯爵家の娘でね。いい家に住んでいて、将来は安泰だったんだけど、王国が領土争いを繰り返す内に焼けてしまったんだ」

 揺れる炎は消え入りそうなほどに小さい。


「前々から嫌がらせをしてやろうとは思っていたけれど、その機会が降ってわいたんだ。それなら、するしかないだろう?」

 ラナが茶化すように笑う。その表情は、かえって本心を露わにしているようにも見える。


「……憂さ晴らしには成功か?」

「ああ。これで王政はぐだぐだになっただろうね」


 モスコン家は偽物の王族と不死者に王位を奪われ権威を失い、王選の場にいた貴族は詐欺師を助長したとして責任を負うだろう。あるいは、ここぞとばかりにローダセスが王権を奪い取るか。


 おれは深く息を吐いた。


「どいつもこいつもまぬけだな。こんな茶番がまかり通るとは」

「結局、モスコン家が敵を作りすぎていたんだ。けれど、君には本当に感謝している。さすがにここまでうまくいくとは思ってなかったよ。死んだふりと口のうまさは誇っていい。君を見つけたから、私は計画を実行に移したとさえ言っていい」

「……やっぱり気づいていたか。じゃなきゃ背負えなんて言わないよな」


 もうそこに驚きはなかった。王女を騙って大それた計画を立て、しかもそれを完遂させてしまうような知恵者に、隠し事など通るはずもない。おれは手元の書類を束ねて机の端に重ねた。人生最大の秘密を暴かれたにしては、案外おれの心は穏やかだった。


「気づくも何も、そんな超常の力があるわけないじゃないか」

 ラナが小馬鹿にしたように笑う。おれはどくりと心臓が強く鼓動を打ったのを感じた。今さらのように冷や汗が噴き出てくる。


「違う。不死鳥は、いたんだ」

「ここで虚勢を張る必要はないよ。まさか不死者とか、死の洞窟の毒竜とか、本当にいると思っているのかい?」


 座っていなければ、床にへたり込んでいたかもしれない。ラナは伝説をまったく信じていない。初対面だったとしても、今のラナの態度や顔を見ればはっきり察しただろう。


「なら、お前はあの洞窟に入っても死なないと確信して提案していたのか?」

「もちろん。ゲンドール王の棺が洞窟の外にある時点で、出る手段はあったんだ。つまり、悪い空気は下に溜まる」


 死の洞窟に挑戦するのは、貴族や有力人物ばかりのはずだ。上流階級には迷信深い者が多いと聞くし、空気の悪いところになど行かないから、考えもしなかったのかもしれない。


 ――だが、不死鳥は存在する。おれの宿した神鳥は、幻覚でも何でもなく、たしかな形をもって存在していたのだ。


 不死鳥という伝説が存在するのだから、あの霊廟の伝説に根拠があっても不思議ではない。ゲンドール王の頃に、毒息はあの洞窟に満ちていたはずだ。そうであるなら、長い時を経てその毒が薄れ、今となっては別の論理、ラナの論理で人が死んでいたに過ぎない。時代が違えば、あるいは竜の毒が不滅であれば、おれたちは間違いなく死んでいた。


「こればかりは奴隷時代の経験が活きたね」

 聡いがゆえに事情を知らないラナはあっけらかんと言った。嘘をつく必要はないから、奴隷だったというのも本当のことだろう。貴族の娘が奴隷にまで身を落としたとなれば、この少女の苦労も偲ばれる。


 思えばあの令嬢然とした雰囲気も、人をだますために身に着けた仮面の一つに過ぎないのだろう。焚きつけられていい気になり、すり寄られて胸を高鳴らせた自分があまりに滑稽だった。


「さて、私たちはこれから重罪人としてここから逃げないといけない。君も逃げる準備をしなよ。あんまり時間はない」

 と言われても、用意することといえば豪奢なマントを脱ぎ、動きにくい靴と服を本来の自分のものに替えるだけだ。


「……逃げる先にあてはあるのか?」

 ラナは着替え始めたおれから目をそらしつつも、部屋から出ていかないので、一応待ってはくれるらしい。


「君が即位した日には決めていたよ」

「レガートは?」

 あの男には結局王選から今日まで、短い期間ながら助けられてきた。乾坤一擲の勝負に出たはずがこの始末では、さすがに申し訳なさがあった。


「その日の内に種明かしをしたんだ。もうどこかに夜逃げしているんじゃないかな」

「正体をばらしたのか」

「もう彼は一蓮托生だからね。私たちの正体を知ったところで裏切ることはできないさ」

 たしかに、今さらレガートがおれたちを糾弾しても意味がない。それこそ、憂さ晴らし程度の意味しか。


「王家の財布から資金を出したから、この三日で領地の整理はできたはずだよ。君もしたいことはできただろう?」

 路銀用にくすねたのか、ラナは金貨の詰まった財布を懐から出して見せつけてきた。

「抜け目ないな」


 実際おれも、即位当日には救貧院に支援金を出し、保護の拡充を指示していた。おれよりはるかに身分の高い貴族がぺこぺこと頭を下げていくのをみると、黒い優越感におかされ、執務室で変な笑いを漏らしたものだ。


「ああ、なら、王都に到着した日に行った酒場にも金は払ったのか?」

 ふと思い出して尋ねる。ラナが王族の資金をもって代金を補ったという話だったが、王族でないなら支払いはできていないはずだ。


「一日ぐらい収入がなくても、不死者効果でこの数日客は増えたんじゃないかな? それにモスコン家の土地の権利書を渡してあげたからさ。もちろん偽造したものをね」

 ラナが悪びれることもなく答えた。


「ちょうど今日頃に、モスコン家に引き渡しを受けるよう言っておいたから、もうあの太ったおっさんの耳にも入っているんじゃないかな」

「なんでそんなことを……。いや、それを火種に」


 どこまでいっても素性の不確かな二人組だ。いずれモスコンかほかの貴族が、何かしらの理由をつけておれたちを糾弾するか、あるいは理由すら必要とせず、あらゆる手段を講じて王位から引きずり下ろしただろうう。


「私たちには王位なんて維持できないからね。やめるきっかけを作っておいたんだ。けれど、それだけじゃない」


 ラナは大仰に手を広げて、演技であることを強調するようにわざとらしく、そして演技をする自分をおかしそうに笑いながら言った。


「これは遠大な計画の一歩目だよ。私たちは貴族の土地を勝手に売り払う独裁者として、彼らから非難されて王位を追われるんだ。偽物の不死者や王族として追われるわけじゃない。もちろん真贋を疑う声も出るだろうけれど、すでにいない不死者と王族の真実を確かめることはできずに、ただ霊廟から運び出された剣だけが残るんだ。かたや、民衆にも不死者と王族の話はここ数日で広まっている。彼らは貴族から土地を開放し、市民に返そうとしたと受け取るだろう。その噂はまことしやかに囁かれ、鬱屈とした世の中を救う英雄があらわれたと期待するんだ。……そうであれば、私たちがすることは決まっている。救国の旅路を辿るんだ」


 気取った言い回しと演技めかせた声音。ラナは照れ隠しをするように笑った。


「と、いうのは冗談だけれど、君の死んだふりと口のうまさを私は買っているんだ。一緒に逃げることを提案するほどにはね」

 ラナは油皿の小さな火を机の上の書類に灯した。瞬間的に火柱が燃え上がり、熱気が肌を焼く。


「では逃げるとしよう。不死鳥の発つ後には、火がいるだろう?」

 ラナが手を差し伸べる。


 すでにラナの裏工作は済んでいるため、虚勢を張って王を続けることはできない。もともとそんな度胸は持ち合わせていないのだが。火を付けた以上ここに長くは留まれないし、自ら逃走経路を探ろうにも時間がない。


 おれは自嘲気味にため息をついた。すべてラナの手のひらの上で転がされていたにもかかわらず、凝りもせずにまたその手を取ろうと考えていたのだ。


 この少女と組めば、何かができる。ラナの言葉は大げさだとしても、ただ村で飲んだくれていたおれが王になるほどの大それた出来事が、再び起こるかもしれない。そしてそれは、冷静に考えれば、得難い機会なのではないか?


 癪に思いながらもしぶしぶ手を差し伸べかけたところで、皮肉交じりに呟いた。

「まったく、茶化さないと本音が言えないのか?」

 軽口のつもりの言葉は案外覿面で、ラナは伸ばしかけたおれの手をたたくと、くるりと後ろを向いて歩き出した。


「君に読み取られるような癖なんて作った自覚はないけれど」

 意外にも一矢報いたことに満足して、おれはラナの背を追随した。


「ちなみに君は、正体を隠すのによくぼろを出すし、私の容姿に見惚れて言葉に詰まる癖がある。気を付けるといい」

 意趣返しは覿面に効いた。

以上で完結です。お読みいただき、ありがとうございました。


少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

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