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6不肖の跡継ぎ

 思いもかけず執務室に鎮座していたのは、おれとそう歳の変わらない、二十前後の若い男だった。有力貴族というから勝手に老獪な人物を思い浮かべていたが、むしろ幼さが抜けない顔立ちで、眉間にしわを寄せて鋭い視線を向けてくるのも、威厳を保つための虚勢にすら見える。


 部屋の中央で二人並んで立つと、男が口を開いた。

「お前らが噂の二人組か。ラナと、リンドだったな」

 剣呑な声には疲れがにじみ出ているようだった。実際肘をついている机には書類が乱雑に積まれ、今にも崩れそうになっている。


 執務室は壁や床、天井の質の良さが目立つばかりで、男の使っている机以外に調度品はない。部屋の広さが災いして寒々しいほどだ。邸内に人の気配は極端に少なく、応接間ではなくこの部屋に直接おれたちを通したことからしても、この若い貴族は取り繕いようもなく資金繰りに難儀しているようだった。


「突然のご連絡の非礼をお許しの上、こうしてお時間をいただいたこと、幸甚に存じます」

 頭を下げるラナに合わせて、おれもうやうやしく礼をしてみる。青年は面倒そうに手を振った。


「挨拶はいい。レガート・プロイマエイだ。お前らに確認したいことがあって呼んだ」

 レガートと名乗った若者は、おれたちを推し量るように一瞥を向けると、一切の無駄なく本題に入る。


「お前らの身分は?」

 ラナに先に応えるよう促されて、おれはただ一言「農村の出です」とだけ粛々と答えた。


 そういえばおれは、形だけはラナと結婚していた。おれは紛うことなき庶民の出だが、あの日の設定を思い出すならば、おれも王族を名乗るべきなのだろうか。


「私はソルバネア王国旧王家の末裔ラナと申します。ベルアイル王の長子、ランドル王子の曽孫、カイルの……」

「いや、いい。世に出てもいない名を聞いても意味がない」

 レガートが片手をあげて遮ると、ラナはぴたりと話をやめた。いつの王の名を上げているのかは知らないが、止めなければはるか昔から現在までの王統を、淀みなく辿っていただろう。


「にわかには信じがたいが、おれを説得できる証拠はあるのか?」

 それには同意だ。ラナに連れられて貴族の屋敷にまで来たおれも大概だが、古王の血を引くと公言するのはあまりに非現実的だ。


「証拠は二の次でしょう」

 しかし、大胆にもラナは証拠の必要性を否定した。あの夜のペンダントを出すのかと思いきや何も示しはせずに、それでも自信に満ちた表情で相対したのだ。


「はばかりながら、いまやプロイマエイ家は乾坤一擲の大勝負に出なければならない状況です。旧王家の血が、あるいは不死鳥の力が本物かどうかは、もはや重要ではないのです」


 思わずレガートの顔を窺った。その表情はいっそう険しくなるが、空説だと咎めて追い出すこともしない。意外にも、レガートは話に興味を持っているようだ。


「お前は、おれの状況について何を知っている?」

 どこから仕入れた情報かもわからないが、ラナはただ現状を整理するように、相手が貴族であることを気にも留めずに、遠慮なく答えた。


「先代侯爵様と兄君が昨年不慮の事故で逝去され、他の貴族から見て最も与しやすいであろうレガート様が御家を継承されました。そしてモスコン家に強力に対抗していたプロイマエイ家ですから、代替わりを機にますます弾圧が強まっています。いまや領地内外をつなぐ交易路は圧迫され、貴族として必要な資金すらも捻出に苦慮されているようです。次の王選でもモスコン家が王位を継承するなら、謀略によって地位を追われる、あるいはお命さえも危険にさらされかねないでしょう」


 並大抵の貴族なら、この無礼な少女を即座に捕らえたことだろう。だが、レガートは不愉快そうにはしつつも、机に肘をついて何事か考え込んでいる。ラナの答えがそのままレガートの現状であり、紛れもない事実なのかもしれない。


「市井では噂になっているのか」

「各所で聞こえる話を統合いたしました」

「まあ、特別隠し立てているわけではないからな」

 ため息を一つ。


「ならお前は、旧王家の血を名乗って何をするつもりだ? おれに何をさせようとしている?」

「王選に名乗りを上げます。レガート様には、その後ろ盾になってほしいのです」

 並々ならぬ覚悟に、逆にレガートの方が鼻白んだ。


「お前、王選が何か知っているのか? 今はもう、モスコン家以外は候補を立てることすら憚られる状況だ。相手にされるはずもない」


「ですが、それに期待して私たちを招いてくださったのでしょう?」


 図星を指されたようで、レガートが不快そうに腕を組んだ。ラナが届けた手紙に何が書いてあったのかは知る由もないが、出所もわからないような紙切れ一枚に真剣に取り合ったことこそが、レガートが藁にも縋る思いであったことを如実に示している。


「たしかに二百年も前に消えたとされる旧王家の血筋など、今さら価値はないかもしれません。しかし、こと近年の情勢を踏まえれば、強く正統性を主張できるでしょう」

「……モスコン家の専制か」

「その通りです」


 ラナが続ける。

「モスコン家は王の地位を恣にしています。他の貴族の勢力を削ぐとともに、自治権を圧迫しながら都市を我が物とし、挙句次の王位を継承するために、同族内ですら抗争を繰り広げています。その過程で民衆は損害を受け、貴族の間でも反発が強まっている。このあたりは、レガート様の方がお詳しいでしょう」


「ああ。……だから狙い目だとでもいうのか?」

「モスコン家の専制を終わらせるためには、今動くしかありません。ですが、旧王家の血筋だけでは足りないでしょう。だからこそ、リンド様が必要なのです。不死鳥という、ソルバネア王国建国にまつわる伝説の再来は、強力に訴えかけるものがあるのです」


 言いたいことは言ったとばかりに深呼吸して、ラナが一礼した。レガートは部屋に入った時よりもやや表情が和らぎ、ラナの計画を真剣に検討し始めたように見えた。


 プロイマエイ家は疑いようもなく瀬戸際なのだ。眉唾であることに変わりはないが、静観していても家が潰れる。レガートにとってラナの言う大勝負に賭けることは、検討に値するほど誘惑的だったのだろう。


 レガートがおれに目を向けた。

「お前の方は、不死鳥を宿すらしいな。いつからだ?」

 ラナの話にすら腹を立てないなら、貴族だからと言って一挙手一投足に気を配るほどの緊張は必要ないだろう。おれは心持ち肩の力を抜いた。


「十二の頃です」

「お前の力は信頼する部下がもう見ている。伝説には不死鳥の力は黄金色の瞳に現れるというが、お前の瞳も、実際に見れば信じたくもなるものだ」


 その声音は言葉のわりに非友好的だったが、ひとまずは胸をなでおろした。あの広場に、レガートの部下が紛れ込んでいたのだろう。


 たしかにおれの瞳の色は不死鳥が宿っていた証拠になるが、今はもういない。


「だがな、王選の場で死んで見せたとしても、それだけでは誰も賛同しない。おれが話をしたところで、相手にされないぞ」

「それについては腹案がございます」

 ラナが提案する。この少女は、どこまでも計画を練っているようだ。


「王都西方のエル・キルタス霊廟には、剣が遺されているそうです」

「……そうか。あそこは不死者でもないと入ることはできない」

「持ち帰れば、不死鳥の加護も、旧王家の権威も、一度に手に入ります。そしてようやく、モスコン家と対等に王位を争えるでしょう」


 レガートがさもありなんと頷く。その名前には聞き覚えがあった。騎士見習いの頃、自分が宿した不死鳥の伝説に興味を持ち、文献を手にしたことがあった。そこで目にした名前。ただ、力を失って自暴自棄となり、随分長い間蓋をしていた記憶は、いつの間にか曖昧になっている。


「初代国王――ゲンドール王を祀る霊廟です。王が不死鳥を宿したとされる山間にあり、特に王の剣が霊廟の奥深くに安置されていることで有名です」


 必死に記憶を手繰る心中を察知したようで、ラナが説明を加えた。顔には出していないつもりだったが、まさか読み取られるとは。緩みつつあったラナへの警戒を、遅ればせに引き上げる。


 レガートがおれの無知を察したのか鼻で笑って、椅子に深く腰掛けた。深謀を秘めていそうなラナに比べて、おれの方は与しやすいと侮って、力を抜いたのだろう。忌々しいが。


「初代国王によれば、王の『剣を継ぐ者が存亡の危機を退け』るそうだ。霊廟の奥には洞窟がある。……というより、洞窟の入口に霊廟を建てたというのが正確か。とにかく、王は自ら洞窟の奥に祭壇を作り、そこに剣を横たえたらしいが、誰一人としてその剣を持ち帰ってはいない。洞窟に足を踏み入れた者は二度と外に出てこないのだ」


 レガートが饒舌に話す。死体を回収するにも洞窟に入れないから、「外に出られない」などと婉曲な言い回しをするのだろう。その説明の返事に目礼しておく。


「毒竜を討伐した伝説があるのです。死体は焼いて灰になりましたが、吐いた毒息が霧散せずに滞留したそうです。その息吹から新たに悪しきものが生まれぬよう、ゲンドール王が自らの管理下においたと言われています」


 何百年も前の竜の毒がいまでも人を殺しているとはにわかには信じがたいが、レガートの口ぶりからしても、試しに洞窟に入って死んだ者は多数いるのだろう。


「ゲンドール王も人が悪い。それほど危険な場所に後継者候補を呼び寄せるのだからな」


 レガートが皮肉を言ってみれば、ラナが顔をさっと伏せた。先祖を小馬鹿にされたことに思うところはあろうが、協力を請う相手との間に板挟みになったのだろう。その動作はあまりに早かったので、おかしみさえあった。


「国難のときにこそ、自分と同じく不死鳥を宿す者が台頭することを願ったのでしょう」


 だからこそ、死なない人間、不死鳥を宿した者のみが、洞窟に入る資格を持っている。ゲンドール王の剣を継ぐことができるのは、不死者のみ。


 おれはようやくラナの計画がわかった。たしかに、不死者しか入ることのできない洞窟からゲンドール王の剣を持って王城に現れれば、王選候補者としてこれ以上ないほど象徴的となる。その実績があれば、旧王家の血を引く少女の出現はより強力に正統性を主張できるだろう。素性の不確かさは煙にまけるかもしれない。


 無謀にしか思えなかった王選への参入の道筋が示された気がした。


 その作戦の最も大きな問題は、おれがすでに不死鳥の力を失っていることで。


「それができればもっともだけど、おれなんかがそんな霊廟に入れてもらえるのか?」

 やんわりと計画の不可能性をただしてみる。誰も出て来られない洞窟など、不死鳥が飛び立ったおれでは当然死んでしまう。


「そこはこのおれが通すしかあるまい」

 レガートが口を挟む。

「今のモスコン家には敵対する者も多い。素性や能力を試すことくらいは許容されるだろう」

 落ち目の貴族がどれくらい確実に通せるのか。さすがに聞くことは憚られた。


 それに、あんまり及び腰な態度をとって不死鳥の力を疑われるのはまずい。どう拒否しようか考えていると、ラナが応えた。


「おっしゃる通り、王城ではレガート様のお力を借りることになります。加えてリンド様の評判が貴族の耳に入れば、レガート様のお言葉にも説得力がつくでしょう」


 つまり、王選まで残り数日、今朝のような演説を王都中で繰り返せと。たしかに、ただの二回話しただけで、暗殺未遂があり、貴族と話すまでに至った。世間にいくらかでもおれの存在が広がったのであれば、あと数日繰り返せばさらに大きな噂が沸き起こることも期待できる。


 いや、そもそも。レガートとかいう貴族は本気でラナの計画に乗るつもりなのだろうか。ラナの働きかけがあったとはいえ、得体の知れない二人組に実際に接触してきたのだから関心は高いのだろうが、乗せる側からみても危険の大きい計画、あまりに荒唐無稽。レガートは本気で賭けに出るつもりなのだろうか。


「お前の方は何も不都合はあるまい?」

 考え込んでいると、レガートが尋ねた。

「問題ありません」

 問題ないわけがないが、そう言うしかない。今さら不死者ではないなどと言えたものではない。


「レガート様がラナの計画に熱心に興味をお持ちくださっていること、非常に感謝しております」

 言外にその理由を聞けば、ことさらに声を荒らげたりはしないが、顔は少し曇ったようだ。


「なに、さっきお前らが言ったとおりだ。プロイマエイ家は風前の灯だ。もはや何をしても、しなくても、家名断絶の危険は変わらない。であれば、政敵の天下に小火を起こすくらいはな」


 苦悩を吐き出してから、固い声音で言う。

「――だから、おれはお前らに乗るぞ」


 レガートは早くから覚悟を決めていたようだった。だからこそラナの言うがままに話を聞き、真剣そうに検討していたのだろう。


「当然お前らを信用するわけではない。不死鳥の力は衆目を欺くほど巧妙に偽っただけかもしれないし、旧王家の血筋も怪しさしかない。ただ、お前らからこの計画を提案したのだから、小さくない勝算があるのだろう。それなら、お前らの身上が本当かどうかはもはや些細な話だ」


 その勝算を知るのはラナのみだ。レガートは改めておれたちの目を見た。


「途中で投げ出されては困る。お前らが王選を目指す理由だけははっきりさせておかねばなるまい」

 ラナが振り返った。おれの言葉を待っている。真っすぐ向けられた青い瞳には信頼と期待があらわれているようで気後れする。体裁を取り繕うために、おれは心底の澱をかき回して、言葉を探す。


「不条理のない世界を作る」


 かみしめるようにそう言った。意識的に言葉にしたのは初めてだが、演説において無意識的に宣言していた理想論だった。不死鳥の有無など関係ない本心だ。不死鳥を宿す以前、幼少の頃に徴兵されたきり二度と戻らなかった父や村民の背中は、色濃く目に焼き付いたままだ。


 レガートは次に、ラナに話すよう促した。

「私からはこれをお見せしましょう」

 ラナが執務机の横を回り、レガートにペンダントを差し出した。あの夜と同じ金色の紋章がレガートの手元に移った。


「これは」

 レガートの反応は、意外にも不審を示すのではなく、驚愕を露わにしていた。まさか本当に旧王家の紋章だというのだろうか。おれは顔に出ないよう気を付けながら、ラナの様子を窺う。当の本人はことさらひけらかすわけでもなく、平然としている。


「ご存じだったでしょうか」

「図柄を昔見たことがある。作りも、貴族が手にするものと遜色ない。王家の紋章といえど偽物は出回るだろうが、これは本物と言われても不思議はない」


 ラナが柔らかく笑った。

「もはやこの紋章も忘れられたかと思っていましたが、まだ伝えられているようで嬉しい限りです」

 レガートからペンダントを受け取り、丁寧にしまう。


「王族が日陰に追いやられて随分と立った今、この紋章以外に身分の虚実を明かす手段は持ち合わせておりません。ですが、これを受け継いで来た者として、国をモスコン家から取り戻さなければならない。私の目的は、ただそれだけです」


 椅子もないせいで立ちっぱなしのおれの隣に、ラナが再び並んだ。レガートはしばらく組んだ両指をじっと見つめていたが、やがて大きく息を吐き出した。

「……わかった」


 ラナは固い決意の浮かぶ表情で頭を下げた。おれも頭を下げざるを得なかった。


「王選は三日後だ。当日に人を遣るから、それまでにお前らは市井に名前を広めておけ」

 すでに計画は変更のきかない場所まで進んでしまった。おれは残された猶予で生き残る方法を探さなければならない。


 おれは絶対に死んではならない。おれは不死鳥を宿す者だ。

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