5目論見通り
「ここは数か月毎に市が開かれる場所で、幸いにも今はその期間です。昨日よりも人が多いですし、何よりいろいろな背景を抱えた人が集まりますから、話を広めるにはこれ以上の環境はありません」
翌早朝。空は快晴、人々がめいめい忙しくしている。彼らの邪魔にならないよう広場の隅で縮こまりながら、おれはぐるりと辺りを見回した。
円形の広場には統一的に露店が並び、格子状に動線が確保されている。誰がどの場所を使用するのかは厳格に決められているようで、勝手を知らない新参者が怒鳴られていたり、満載の荷車同士がぶつかってもめていたり。扱う商品は、食材や日用品はもちろん、装飾品や武器、毛皮、異境の工芸品、数えればきりがない。早いところはすでに呼び込みをしていた。
四方から集まった街路が広場とぶつかる場所、市の入口周辺は広く空間が取られているため、何か主張したいならそこを使うことになろう。実際吟遊詩人や大道芸人の類が人だかりを作っている。
「あいつらの前で演説なんてしても大丈夫なのか?」
おれは広場のところどころに、商人や客と交じって立っている警備の男たちを示した。簡易な鎧を着込んでおり、さすがに目立った武器は持たないが、おそらくは懐に短剣を呑んでいるはずだ。
「市を警護する者ですね。あれはこの街の自警団です。王国や貴族の兵ではないので、市の邪魔をしない限りは黙認してくれるでしょう」
広場の入口で人を集めるというのも十分邪魔ではなかろうか。
「することは昨日と同じです。今日は一つ、『古王の血統を再興する』ことを伝えてくだされば」
昨日の自治領云々は、話の流れで言及したところ大いに受けた。モスコン家が街への統制を強めている最中だからだ。今日の話は、正統性の主張を兼ねているのだろう。
「なら、お前も話すのか?」
「いえ。ここはリンド様の領分です。私が話せばかえって信用を失うでしょう」
「端から信用なんてないだろうけどな」
しばらく待って市が機能し始めた頃に、おれは適当な空間に向かって歩を進めた。ラナはいつの間にか惣菜を物色しながら、客として溶け込んでいる。
何から話そうかと思案していたところ、おれを見て足を止めた男が声をかけてきた。
「お前、昨日のやつじゃないか。ええと、リンドか」
さすがに見覚えはないが、酒場にいた男だろう。あのひと時で顔と名前を覚えられていたのなら、ラナの目論見はうまく通っているようだった。
「昨日はありがとな。あんなに酒を飲んだのは久しぶりだ」
機嫌よく肩を叩くばかりか、男はお返しだと言って人を集め始めた。曰く、「王を目指す不死の男が、今からありがたい話を聞かせてくれるぜ」と。
男の大音声に往来の客はおれを囲む輪を作り始め、店の商人の視線も集まっていた。ひそひそ話には「昨日の」だの「噂の」だのが断片的に含まれているから、想像以上に話が広がっているのかもしれない。
突然の騒ぎに警備が疑いに満ちた目を向けてくるが、たしかに何も干渉はしてこなかった。香辛料の赤が映える肉の串を持ったラナが、こちらに向けて小さく頷く。
躊躇う時間はない。すでに衆目にさらされている中で、変に気の弱い態度を見せれば、昨日の大言壮語も災いして危うくなる。咳ばらいを一つ、何が入っているかも知らない木箱に軽やかに飛び乗ると、おれの正体を訝しむ人々に応えるように豪語する。
「ああ、そうだ。おれは不死鳥をこの体に宿してる。そして、来たる王選を経て、この国の王になる者だ」
高らかに宣言すると、困惑と歓声が入り混じった騒めきが広場を駆け抜けていった。その波が消えぬうちに、言葉を継いでいく。
――まるで器としての自分の身体が、意識とは切り離されて勝手に動いているような感覚だった。おれは酒場で語ったであろう理想論を恥ずかしげもなく主張している。そしてそれに沸く観衆。ラナの言うところの人を惹きつける力が何であるのか、我ながら思い知らされる気分だ。
そんなある種夢見心地に話し続けるおれを強烈に現実に引き戻したのは、陽光を反射しながら飛来する短剣だった。群衆の輪の外側で、顔を隠した男が投げたままの姿勢でこちらを見ていた。
――まずいと思ったときにはもう避けられない距離まで近づいている。記憶が濁流のように脳裏に押し寄せ、助かる方法を模索するが、遅きに失した。
そう悟ったところで、無様をさらしたくはないという固い虚栄心が胸をよぎった。死に際とて捨てられなかったのだ。おれは歯を食いしばり、訪れるであろう痛みに覚悟を決める。不死者なら、死を怖がりはしない。おれは反射的に顔をかばいそうになる腕を広げて、逆に胸を張った。
(ままよ!)
当たるなら当たれと体を大きく広げたのが幸いにもうまく働いた。喉元を狙っていた凶刃がわずかに逸れて、鎖骨の下のあたりに突き立ったのだ。それも、刃が服の下に着こんでいた皮鎧をかすめて威力が減衰した。おれは後ろに派手に倒れたが、致命傷はからくも避けていた。
短剣を勢いよく引き抜くと、常に装備している血糊と本物の血が飛沫を上げ、服を滴る。投げ捨てた短剣がからんと音を立てる。衆目がそちらに気をとられる一瞬に、袖の下に隠してあった血止めの薬を襟元から塗り込む。死ぬような傷ではないが、さすがに浅くなく、流血している。だが、不死を騙る者がそういつまでも血を流していられないのだ。
「まさか、本当に……?」群衆の中で誰かが呟く。
すでに短剣を投げた男は逃げ去っている。おれは裂けた肉の痛みと背中を地面に打ち付けた痛みとに顔が歪むのを何とかこらえ、口角を上げた。
あとは群衆の驚愕を賞賛に変えるだけだ。
「死ななくても、死ぬときは痛いんだ。心の準備くらいさせてくれ」
冗談めかして嫌味を言うと、ついには歓声が起こった。思わぬ災難だったが、不死の男という存在を商売人もかくやというほど鮮やかに売り込むことに成功したのだ。
ラナと視線を交わし、群衆に「また今度」と言い置いて広場を出る。奇跡を目にしたと思い込んでいる者たちはいまだ色めきだっているが、まだ太陽は空を登りつつある頃だ。次第に市は平静を取り戻していくだろう。
「またお見事ですね。リンド様」
宿で着替えを済ませ、中央通りで合流したところで、ラナが称賛の声を上げた。
「これ以上ない成果です。計画はすぐにでも次の段階に進むでしょう」
「おれはひやっとしたけどな」
思わず言ってしまって、さりげなくラナの顔色を窺った。死なないのに怖がる必要はないからだ。ただ、ラナは軽やかに笑っただけで、取り越し苦労だったようだ。
「さすがに私もひやりとしました。心の準備ができていなかったですからね」
「そうか? おれはお前が仕組んでても驚かないけどな」
「まさか。ご冗談を」
かなり本気で言ったつもりだったが、ラナは楽しそうに笑った。
「お前じゃないなら、あれは昨日みたいにおれを試そうとしたやつだったのか」
先行きが不安で胃が痛む。
「どうでしょう? 「妄言を吐く青年」を沈黙させるために、モスコン家が人をまわしたのかも」
「吐かせたのはお前だけどな。――わざわざ市井まで目を配ってるか? それに、昨日の今日だぞ」
「今はモスコン家も必死ですからね。王選がなくとも、昨今は民衆の統制に躍起になっているようです。ですが、命を狙われたところで問題はないでしょう?」
わざと言っているのかと疑いたくなるが、その表情はあまりに純真だ。だが、さっきのような輩に四六時中狙われてはたまったものじゃない。そう何度も幸運は訪れないのだ。
「……おれは不死者だとしても、お前はそうじゃないだろ。警戒は必要だ」
言葉を選んで危険を伝える。
「そうですね……。では、できるだけ周囲に気を配りながら行きましょうか」
「行く? どこに?」
ラナが王城の方を指さした。貴族の住まう区画、一般人は近づくだけでも捕縛されかねない危険地帯だ。おれは正気を疑ってラナを振り返ったが、当の本人は明後日の方向に進み出す。王城は中央通りを進んだ先に見えているのに、ラナは建物の間の細い道に入り込んでいく。
昨日立ち寄った路地裏ほど奥深くに進むことはなかったが、人通りが少なく日光が遮られてやや暗い道だった。注意するといったそばから人目に付かない空間に入り込むのは意味ありげだが、目的が見えてこない。とにかくおれは神経をとがらせて、前後はもちろん、建物の影や屋根の上まで視線を巡らせる。
しばらく歩いても、警戒していたような暗殺をたくらむような敵は姿を現さなかった。代わりに正面から堂々と歩いてくる一団がある。全身を覆うほど長いマントの下に、剣が見え隠れしている。均一な装いに均一な体格を備えた数人の男は、どこぞの抱えている騎士だろう。
問題はその視線がおれたちを射抜いていることだ。用があることが明らかであるため、端によってやり過ごすこともできない。
「まさに狙い通りです」
そういえば、一からこねを作ると言っていたか。
「さっき王の血統がどうとか言ったせいで捕らえに来たんじゃないのか」
「昨夜のうちに細工しておきました。モスコン家に敵対する侯爵様に、ちょっとお手紙を送っただけです」
「侯爵?」
「王選にも発言権がある数少ない有力人物です。昨年当主が代わられたと聞いています」
簡単そうに言うが、それがどれだけ危険なことだったかは想像に難くない。昨夜は酒場を出て早々に別れたが、おれを矢面に立たせる裏でそんなことをやっていたとは。
会話するにはまだ遠い距離で、ラナが優雅な所作で頭を下げた。やや遅れておれも頭を下げるが、騎士見習いの時に身に着けたような熟れた動作はもう忘れた。
対面すると、意外にも素性の知れぬ二人組に騎士の方も返礼した。少なくともしょっ引いてやろうという腹積もりではないようだ。
「ラナ殿。リンド殿。我が主がお呼びだ。同行していただきたい」
友好的とはいえないまでも、決して敵対するような硬い声音ではない。ただ、胡散臭いとは思っているのか、話す騎士の後ろに控える者たちの顔は押しなべて曇りだ。
「ええ、承知しております。ではさっそく」
臆することなくラナが騎士の背中についていく。他の者に促されて、おれもしぶしぶ歩き出した。
王城の門は厳重だったが、警備兵に身元を問われるまでもなく中に入ることができた。白壁に囲われた区画の中は、城下とは比べ物にならないほど広々とした空間だ。並ぶ建物はどれも壮麗で、洗練されている。風化した木と不揃いな石でできた家しかない小村の人間からすれば、その凝った作りよりもまず滑らかな建材と舗装された通路に目が奪われる。
その建物一つ一つが庶民でも知っているような名のある貴族の所有物だと思えば、自然と背筋が伸びる。粗相でもすれば四方八方から兵士が殺到して捕らえられるだろう。
内心の動揺はともあれ、緊張を顔には出さないようにしながら騎士の後ろをついていく。ラナがそこにいるのがさも自然だというように堂々と歩いているのは、もはや彼女に似つかわしく見えた。
騎士の案内した先は、王城の東端、壁際に位置する屋敷だった。城下の建物と比べれば十分大きいが、区画内で見れば相対的にはかなり小さい。貴族が基本自身の領地を持ち、王城の屋敷を別宅として使用していることを差し引いても、有力だという貴族が所有するには不相応に見えた。
「御命令の二人をお連れしました」
執務室と思われる部屋の前で騎士が声をかける。中から「入れ」と指示があると、城下から長い道のりを案内してきた騎士たちが、目礼して引いて行った。
「ここからは、私の役割です。どうぞおまかせを」
扉の前で、ラナは小さな声で言った。
「誰に会うかも知らないんだ。おれにできることはない」
ラナが取っ手を掴んだ。重厚そうな扉が緩やかに開かれていく。




