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4衆人環視

「いらっしゃいませ!」

 数えきれないほどのグラスを両手に持った若い女が、おれを見て声を張り上げる。その威勢の良い声も、飲みくずれた男たちによって乱痴気騒ぎと化した店内では掻き消えてしまう。


 外にまで席があった酒場だから、規模も相当なものだろうと覚悟していたが、店内の広さ、人の密度は想像をはるかに超えている。二十席はありそうだが、場所をとる椅子はほとんどなく、客は立って飲み食いしている。閑古鳥が鳴く村の酒場とは大違いだ。ラナを探そうと奥へ行くにも人波をかき分けかき分け、たまに見つける空間で息継ぎをしなければならない。


 姿を見つけたときにはすでにラナがこちらを向いていた。カウンター前に陣取り、ちゃっかり頼んだ料理をおれから隠すようにして、ラナが店の一角を指さす。壁際に木箱が何段か積まれ、客が腰かけている。あの上に立てということらしい。


 部屋の隅に押しやられるようにして移動し、木箱の横を陣取った。突然来た新顔に近くの客が胡乱気な目を向けるが、それには取り合わずに再びラナの方を見る。


 口の形から察するに、「期待しています」とだけ、ラナが短く後押ししたようだった。その秀麗な顔には微笑が湛えられ、緩やかに組んだ手が祈るように胸元に添えられている。青く透き通った目が力強くこちらを射抜いていた。


「――ああもう、やってやるよ」

 近くの机に置いてあった、誰のかもわからないグラスを一息に飲み干す。お誂え向きに酒があるのだから、飲まずにいる選択はないのだ。


 木箱の上に飛び乗って店内を見渡す。想像よりも視点が高い。部屋中の顔という顔がこちらを見ている。先ほど雇った男も端の方に見つけた。近くにいた客は何事かと警戒しているが、遠くの客はおどけた酔客をもてはやすようにグラスを掲げた。


「おれの話を聞いてくれ!」

 両手を広げて宣言する。調子のいい若者が声を上げて応えると、その周囲に好奇の輪が広がる。また眉根を寄せる集団もあったが、警戒心がかえっておれに視線を集めた。


「訳あって聞いてほしいことがある」

 喚声の静まる間隙を縫って、堂々と宣言する。

「かわりにここの代金は払ってやる」


「調子に乗るな、小僧。何人いると思ってんだ」

 近くから野次が重なり重なり飛んでくる。当然、顔も知らない男の言を真に受ける奴はいない。だが、おれはだんだん興が乗ってくるのを自覚した。

「できる。すぐにわかる」


 目を向ければ、店員は期待通りに、グラスをいくつも運びながら応えた。

「彼の言う通りです。今日のお代はいただきました」


 注目を一身に受け、店員は両手に持ったグラスの泡を揺らした。馴染みの客が本当かと口々に問い詰めるが、一貫して肯定する。どのような方法を使ったかは知らないが、ラナはたしかに都合をつけていた。ひとまずは胸をなでおろす。ラナの計画は、おれの断罪や辱めの類ではない。


 再び注目がおれに集まったころには、得体の知れない男への懐疑の念が店中にはっきりと表れていた。


「こうまでするくらい、話を聞いてほしいってことだ。で、その話というのはおれの素性、目的について」

 言葉を切る。もはや酒場は静まり返っている。体裁くらいは憂国の士を装い、力強く。


「おれは不死鳥を宿す者だ。この力で国を救いたい」


 ざわめきが伝播していく。得体のしれない青年の言う大それた情報を処理しきれずに、酒場中の困惑が収まらない。しかしラナの根回しのおかげで、おれの話が少なくとも何の故もなく打ち出されたものと断じられることはなくなったのだ。


「馬鹿言え。不死鳥なんざ伝説にすぎねえよ。おれが試してやる」

 不死性に対する懐疑が嵐のように吹き荒れる中で、先ほど打ち合わせた男が名乗りを上げた。男に不死鳥の話をしたのもこれが最初だ。驚愕と混乱に変な笑いを顔に張り付けたままでいる。


 男は手銃を掲げた。来ると踏んで渡したとはいえ、運がよかった。もしあの男が約束をすっぽかして現れなかったら、それこそ試しに殺されていたかもしれない。


「わかった。ここをよく狙えよ。おれ以外に当てれば牢屋行きだ」

 胸を親指でとんとんと叩いた。努めて堂々と、挑発的に。頭にでも当たれば怪我では済まないから、冷や汗が背中を伝うのは仕方がない。玉と火薬をすでに詰めて渡していたので、手元で少し操作してあとは銃口を向けるだけだ。狼狽の声とともにおれの周りの人間が慌てて引いていく。


「死んだなら、おれは伝説を騙る悪質な詐欺師だ。お前は罪に問われない」

 約束を果たす。本当に撃っていいのかと男の目が訴えているが、おれは鷹揚に頷いて手を広げた。男は自分が仕込みを任されたことに感づいているだろうが、引きつった顔を見れば、おれが不死者でないことには気づいていないようだ。


 しばらくの逡巡の後、男は引き金を引いた。


 気づけばおれは木箱の上から崩れ落ちていた。一瞬意識を失っていた。騒然とした店内の音という音が途端に耳に届いて、仰向けになったままおれは胸をおさえる。男の狙いは正確で、胸の真ん中に玉が当たり、血が飛び散っていた。


「痛ってえ」

 改造した手銃の威力が想像以上に強かった。使ったのはこれが初めてだ。玉に細工して威力をおさえ、服の下に特別硬い革を着込むだけでは足りなかった。仕込んでおいた血糊がうまい具合に流れ出したのはよかったが、おそらく素肌には本物の傷ができている。


 男が天邪鬼を起こして頭を狙うなどしていたら、大怪我どころか死んでいた。もっとも、まったくの不意打ちで命を狙われる方がよっぽど危険なため、多少の不確かさは許容しなければならないが。


 おれは痛みが顔に出ないよう気を付けながら立ち上がる。撃った男が青ざめていたが、おれの無事をみて弛緩したのか手銃を取り落とした。その衝撃で部品が取れたことに、思わず顔をしかめそうになった。


「不死鳥の力というのは、つまりはこういうわけだ」


 舞った埃が落ちる音すら聞こえそうなほどの静けさは、その一瞬の後に大歓声へと塗り替えられた。できすぎたほどの成功だった。――それはそれとして、服の下の革は厚くしておこう。


 今度こそ、不死の男というおれの存在が認知された。だが目的はこの先にある。おれは心中深くに潜り込んで、父の後ろ姿に思いを巡らせた。王都でみた乞食や少女の姿を脳裏に蘇らせた。そして、不死鳥を失った無念を再確認した。


「おれはこの力で王選に割って入りたい。だから――」


 そこから先は記憶が曖昧だ。何か話している感覚はあったが、夢の中に居るようにどこか他人事で、気づけば喝采を浴びながらカウンター近くのラナの元へ歩いていた。四方八方から手が伸び、おれの頭や肩を叩きに叩く。激励を受けていることは明らかだった。


 これは気分がいい。村の酒場ではいつも煙たがられていたから、自然と顔がにやつく。いや、気を付けなければ。せっかく纏っているであろう風格が消えてなくなってしまう。


「お見事です」

 初めて会った夜のような気品を漂わせてはいるが、ラナの前にあった料理は跡形もなく消えていた。


「今日の成果は十分です。宿を用意していますので、そちらでお休みください」

 明日は広場に向かいましょう、とラナが言う。また同じことをするつもりだろう。


「……とにかく、もう寝る。明日のことはまた明日、考える」

 おれはため息交じりに応える。ラナの示す方向に諸手を挙げて進むようで癪だが、代案が浮かぶわけでもなかった。


 ラナは微笑して、着ていた外套を脱いでおれに差し出した。服が血で汚れてあまりに目立つため、それに関してはありがたく受け取った。


「では、おやすみなさい」

 他の客に余計な詮索をされる前に酒場を出る。




 ラナに聞いた宿屋に向かう前に、おれはまた裏路地に立ち寄った。中心街の灯りが届かない真っ暗闇だ。夏も近いというのに、ここに住む人の生気が乏しいせいか、辺りはあきらかに冷えている。


「まだいるな」

 おれは酒場に行く前に見かけた少女の前で屈んだ。少女は両膝を抱え込んで座ったまま反応を見せない。おれは無言のまま、酒場で包んでもらった料理と、金の入った巾着を前に並べた。


「一週間、耐えればなんとかする」

 少女の虚ろな視線が向けられる。施しを受けたことは理解しているだろうが、突然現れた青年の言動に困惑しているように見えた。村にでも連れて帰られるのならよかったが、あいにくラナの大それた計画の片翼を担っている。連れて行けばむやみに危険を呼ぶかもしれない。


 少女が何か言う前に、おれはその場を立ち去った。これみよがしに善行を積みたいわけではない。世の不条理を直視することで、ラナの計画に乗ることに決めた、おれ自身の目的を確かめておきたかった。


 酒場での演説がうまくいったおかげで調子に乗っているだけなのかもしれない。だが、おれの中ではすでにラナの馬鹿げた計画を進めることに迷いがなくなっていた。

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