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3裏工作

「つまり、国王選挙に出るってことか」

 隣を歩くラナと名乗る少女が頷いた。唐突にできた伴侶と村を出た数日後、王都に到着した夕刻のことである。


 すでに王族は滅んでいるものの、建国当初の王が拠点にしたことから、いまでもこの街は王都と呼ばれている。実際都であることは間違いなく、国の人口が最も集中する都市であり、巨大な市壁の中に建物がひしめき合っている。街の中心にはもう一枚壁に囲われた区画があり、国政を一手に担うモスコン家や他の有力貴族が集住している。


 中央通りは仕事終わりの町人でごった返しており、これから酒場が繁盛する頃だ。露店が並び、村では見ない揚げ物や串の匂いが漂う。ふらりと足が向いてしまいそうだが、あちこちに惹かれながら歩いていると田舎者と笑われてしまうだろう。


「あと一週間ほどで国王が選出されます。ここのところはモスコン家からしか王は出ていませんが、不死鳥の力を持つ者、王の血を引く者としてそこに名乗りを上げるつもりです」


 聞けば、国内外でモスコン家への不満が高まる今こそが狙い時らしい。直近数代の王の選出――王選では、他の貴族はモスコン家の顔色を窺うばかりだったが、いまや陰で反モスコン家を掲げて手を取り合う者がいるばかりか、直接的に対抗する貴族すらも存在する、ということだった。


「昔の王族はまだ権力を持ってたりするのか?」

「いえ。全くありません」

 ラナはあっさりと応えた。


「ですから、リンド様を兄様や姉様に引き合わせるつもりもありません。接触がむしろ危険を呼びかねないので。というより、拠点も流動的ですので、今は私から連絡することもできませんし」

「……お前はそれでいいのか?」

 さすがのラナも、少し表情に影を落として首肯した。


 ラナに付いていた護衛――最低限支援する旅の供も、おれを加えて二人旅になったことで役目を終え、大胆なことに彼女を置いて引き上げたらしい。その言葉を信じるならば、ラナは旧王族の捨て駒と言っていいほどの役割を担っているのだ。


「仮に失敗すれば、リンド様にはご負担をかけてしまいますが、犠牲は私一人で済みます。私から芋づる式に情報が漏れるのは、絶対に避けねばならないのです」

 悲壮な覚悟がにじむ様は、まったくもって演技には見えない。これが嘘なら太陽も夜に昇ることがあろう。


「権力がないなら、モスコン家の対抗貴族を仲間にでもするのか? 勝算があるとは思えないが……、それともまだ伝手があったり?」

「それもないですね」

 大げさにため息をついてみせると、ラナは得意げに口角を上げた。


「ですから、これから作るのです」

「作る?」

「はい。まずはこの街に顔を売りましょう」


 ラナが指さす先には、建物の外にまで客席を出している酒場があった。繁盛店らしく、遠目に眺めているだけでも注文が絶えない。酒食の匂いと、それを囲む客の活気が自然と唾を出させる。だが、飲み食いするために示したのでないことは明らかだ。


「いつの時代も民の心を掴んだものこそが変革の英雄となるのです。王であっても、人心が離れれば国は救えません。さあ、リンド様。この街での第一声が、あちらに集まった人々の心を掴むのです」

「……はぁ」

 熱の籠ったラナの語り口とは対照的に、おれの方は生中な返事しか出てこない。さあ、と言われても。田舎の小男が何を演説しようというんだ。


「おれに話せることなんかないぞ。小僧が騒ぐなって追い出される気がするんだが」

「そうはなりません。人を惹きつける力こそリンド様の真骨頂でしょう」

「人を惹きつける力?」

「ご自覚がないのですか?」

 ラナの驚きはわざとらしいほどに大げさにみえた。そんな顔をされても心当たりはない。


「不死鳥を宿す神性もさることながら、私もそのお人柄にあてられた者の一人です」

「会ってまだ数日のくせに、何を言うやら」


 おだてられて悪い気はしないが、この少女の腹の内にある何かを思えば決して落ち着きはしない。そもそも王女だという話も、根っこから信じたわけではないのだ。王を立てて国を救うなどという目的が、そのまま真実だとは到底思えない。


「私が仄聞した限りでも、あなたの事績は積み重なっています」

 ラナは自信ありげに、その一端を述べる。


「例えば十歳の頃、あなたは村の子どもを引き連れて、隣町の子どもたちと喧嘩をしましたね。いじめられた子どもの敵討ちのために。相手の方が数も多く、年長の者もいたのに、知恵を使ってそれに勝ちました」

 まだ不死鳥が宿る前の話だ。友人が頼み込んでくるから、おれは後方から偉そうに指示した。


「十五の時には、奉公していた騎士のために、資金と糧食を集めたそうではないですか。それも、ただの子どもが集めるには異常なほど多くを」

 不死の力を得て、騎士見習いとして奉公していた頃。あれは騎士の主人が、名前すら知らない小村で生まれた子どもを世話してくれるような、人徳に溢れた人物だったから寄付が集まったのだ。


「十八の時には、周辺村の青年を集めて街道整備をしたと聞きました。おかげで村々の交通が強化されたばかりか、商人達も立ち寄るようになったのです」

 不死鳥がどこかへ飛び去った後。結局あれも、元々あった計画を最も暇で自由の利くおれが押し付けられただけだった。


「もうやめてくれ。恥ずかしくてしょうがない」

 どれもこれも成り行き上やらざるを得なかった、偶発的な出来事にすぎない。そうすることがまんざらでもなかったのはたしかだが、それが能力の担保になるべくもない。


「恥ずかしがる必要はありません。得難いお力です。大きな酒店ですが、たったあれだけの人々を動かすのに、不安などないでしょう」


 おれは唸るような曖昧な呼気を漏らした。あんな場所で話すことに意味などあるのだろうか。おれの嘘を暴こうというつもりではないはずだ。形だけでも結婚までして、何日もかけて王都に向かうのは明らかに手が込みすぎている。


 不死鳥の力を騙るおれを衆人の前で断罪しようというなら往来で宣言でもすればいいし、むしろ隙をついておれを縛り上げ、罪人として広場にでもしょっ引いていくべきだ。あえて酒場を選んだのは、おれの話を聞かせること自体に意味があるから、とでも言うのだろうか。


「お話しすることは簡単です。世を憂う御心、救国の御志をお話しいただければ」

 おれにそんな高尚な志があるかは確信がもてない。たしかに世に対して思うところはある。だがそれは心の底に澱のように溜まっているだけだ。おれ自身、その感情がどのような形をしているのか、はっきりとはわかっていない。


「それでもご心配というのであれば、あの酒店の人々と二つの約束を交わすのです」

「約束?」

 ラナが指を二本立てた。


「一つ、あの場の勘定をリンド様が持つこと。二つ、王国領から自治地区を分離すること。これを代価に、お話を聞いていただくのです」

「大胆だな。言うだけタダってか」

「当然誰も相手にしないでしょう。ですが、一つはすぐに実現できます」

 代金の方か。おれはそんな金は持ってないぞ。


「王族のへそくりでもあるのか?」

「そのようなものですね。店内で宣言さえしていただければ、あとは店主が対応するよう手配しておきます」


 やはり、しおらしい態度をとるくせに、行動そのものはあまりに強引だ。おれが肯定も否定もできないうちに、ラナが作戦会議を終わらせる。

「では、少し準備のためのお時間をいただきたく思います。あの夕日の欠片が消えた後、決行いたしましょう」


 ラナは一礼すると、引き留める間もなく人混みに紛れて消えていった。西の空を見れば、まだ橙色の光が残っているが、城壁にさえぎられて街はかなり暗くなっている。ラナが指定した時間まで、猶予はそれほどない。




 何本かの路地を抜けて中央通りから離れれば喧騒は遠い。背の高い建物が路の両側から倒れ掛かってくるような圧迫感があり、閉塞感を抱えながら歩く。人と食物の匂いにあふれていた通りとは違い、ごみや糞尿の鼻を刺す臭いが冷たい風に乗って抜けていった。


 あの少女との出会いはなかったことにして行方をくらます案が半分、あの少女の思惑に乗って救国の道をたどり、あわよくば王になる案が半分。おれの取るべきは二つに一つだ。


 選択肢ははっきりしているのに、どちらも容易には選び難い。逃げてしまえば、村にもいずれ話は伝わる――もとよりラナが意趣返しにでも伝えるだろう。不死鳥の力を失ったことを知られるのはあまりに情けないし、恐ろしい。それにどこかへ身を隠したところで、知恵も技術もないおれがどうやって生きていくというのだろう。かといってラナの秘めた何やら遠大な計画に乗せられて英雄を目指すというのは、言うまでもなく現実的ではない。


 それでも、万が一にでも少女の計画がうまくいくのであれば、その機会を逃して、田舎村でぼんやりと続けていた生活に戻りたくはない。結局のところおれは、ラナの提案を部分的にでも魅力的だと感じてしまっていた。こういうのをまんざらでもないとでも言うのだろう。


 などと葛藤を抱えながら裏通りを歩くのは、避けられないかもしれない演説のための準備をするためだ。するにしろしないにしろ、あらかじめ安全策を用意することは習慣づいている。


 金に困っていて、顔をあまり知られていない人。街の周縁部に住んでいる下層民、あるいは乞食を想像した。ラナの前で見せたような死んだふりが必要な時に備えて、偽客を頼みたいのだ。というより人々を信じ込ませるための、死んだふり以上に説得力ある言葉など持ち合わせていない。

 金は村から出るときにかなりの額を渡されたので、今のところは出し惜しみする必要はない。


「……なあ、あんた」

 ひとまず、建物の影に座り込んでいるやせ型の男に声をかけた。

「なんだ? 恵んでくれるのか」

「ああ、いや」


 縋るような目が向けられる。おれは思わず言いよどんだ。彼の体に絡みついているようにしか見えないぼろ服と、傍らに転がる木の椀。それが男の財産のすべてなのだろう。路地の奥にはほかの乞食が、その男の仲間かのようにこちらを注視しているが、おそらくそうではない。


「少しでいいんだ。頼むよ」

 憐れなほどに頬がこけた男であり、髪もほとんど残っていない。大通りから離れた狭い路地裏で恵みを待っているということは、ともすれば人通りのある場所からも追い出されてしまったのだろう。


 眉間にしわが寄るのを自覚した。この者たちの世界は、富の集まる王都だというのにあまりに貧しい。まだしも村の方が豊かといえよう。


「分けてくれ。あんた一人のものじゃない」

 足元に纏わりつかれて、おれは財布を取り出して袋ごと手渡した。男が受け取ろうと手を伸ばせば、刺激臭が鼻をついた。思わず顔をしかめてしまったのは、彼らの境遇を考えてしまったからだと思いたい。そのまますぐに立ち去って、何をやっているのかと頭を強くかきむしった。


 別に慈善事業がしたいわけではない。彼らの姿が少年時代に徴兵されていった父や村民と重なる気がしたのだ。戦に行ったものはだれ一人帰ってこなかった。死んだか、奴隷にされたか。選択の余地なく兵士になった彼らのように、ここの者たちにも避けがたい何かが起こったのだと思うと、心の底がかき回されるような不快感だけが残る。


「……無理だな」

 長い溜息は、数歩進む間続いた。ただの一人で心が折れた。彼らのような者に頼むことを、なけなしの良心が拒んでいる。仮に演説をするとして、ラナを前にして同じ手法で死ぬのは芸がないが、衆人環視の中でも成功させる自信はある。協力者がいないとしても、初めから問題はないのだ。


 しかし、諦めたときに限って機会がふっと沸いてくる。ラナの指定した酒場の方に向かって路地をたどっていると、おれより一回りくらい背が高い若い男が前から歩いてきた。中肉中背のおれからすれば、力比べでは簡単に負けてしまいそうだ。体格以外にこれといった特徴はないが、強いてあげれば髪質と態度は堅そうだ。


 その歩き方がいかにも粗暴っぷりを思わせるものだったので、おれはむしろ胸をなでおろした。村でつるんでいたようなやつと、同じ雰囲気がしたのだ。途端に光明が差したようだった。


「よう」

 おれが気楽を装って声をかけると、剣呑な目が向けられた。

「誰だ、お前」

「リンドだ。ちょっと頼みたいことがあるんだ」

「知らねえな。お前に付き合う義理はねえ」


「仕事の帰りか? 酒をおごるぜ。もちろん、手伝ってくれれば金も」

 おれは懐から銅貨を投げてよこした。盗みに備えて、少量金を分けて持っていた分だ。財布がない今、この男に渡したのが所持金の最後だが。


「これっぽっちか?」

「いや、それは前金だ。協力してくれればもう少し出せる」

「へえ。聞くだけ聞いてやろうか」


 おれはほくそ笑んだ。別に馬鹿にするわけではないが、この手の人物は金と酒を愛していると相場が決まっている。それさえ与えれば信頼できる味方だ。誰かれ構わず阿るような輩より、よっぽどこざっぱりしている。


「これがなにか知ってるか?」

 おれは懐から、死んだふり用道具の秘蔵の一品を取り出した。

「銃か。珍しいな」


 片手で扱える手銃だ。まだ一般的な武器とは言えないものの、王都であれば知名度もそれなりにある。目論見通り、この男も知っていた。昔村に立ち寄った商隊から譲ってもらったものを改造したものだが、ようやくお披露目の機会を得たのだ。


「それでおれを撃ってほしいんだ」

「お前を?」

「ああ。機会が来たら合図を送る。使い方はわかるか?」

「それぐらい知っている。……けどなあ、いくらおれでも牢にぶち込まれるのは勘弁だ」

 男は困ったように頭を掻く。おれは安心させるために大げさに笑った。


「そこは大丈夫だと保障する。おれの方から、衆人の前で殺してくれと頼むんだ」

 男が見定めるような視線をおれに注いだかと思うと、銃を腰帯に差しておれの肩を叩いた。


「いいだろう。何考えてるかは知らねえが、乗ってやるよ」

「助かる。いくらでも飲ませてやるけど、狙いだけは気をつけてくれ」


 こうして茶番に付き合わせる協力者が見つかった。茶番だとしても、保身のためには手を抜けない。男と計画を共有して、先に酒場に向かわせておく。




 日は完全に沈み、ラナの示した時間が来た。おれは先ほど通ってきた裏路地を戻り始める。あまり遅くなって逃げたと勘違いされれば癪だから、歩調がやや速くなる。


 案外簡単に協力者を得たせいで、この一時くらいはしのげそうと見込みが立ってしまった。そのせいでかえって思考は狭まり、代替案をひねり出す余地さえ失われた。躊躇は当然あるものの、心底は間違いなく実行に傾いている。


 ある横道を通り過ぎるときに、ぴたりと足が止まった。ほとんど無意識だった。そこには背の低いラナよりもまだ小さい少女が、うずくまっていたのだ。虚空を見つめて生気はなく、やせ細った体が風に吹かれて揺れる。髪は色が抜けていた。


 間の悪いことに、おれに気が付いて顔を上げた少女と、目が合ってしまう。先ほど財布を渡した男のように、何かを求める気力もなく、ただぼんやりとおれを見るばかりだ。


 おれは、無意識に少女を睨みつけていることに気が付いて、さっと視線を逸らすと、足早に酒場を目指した。決め手はそれだった。

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