表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

1奇貨

「この国を救うために、どうかその力をお貸しください。リンド様」


 月が照り映える夜、店を閉めるからと無理矢理に酒場から追い出された青年にかける言葉としては、あまりに似つかわしくない。街道を示したはずのおれの指先は、ひどい酔いのせいで宙をかき回すばかりだ。


「そんなことができるやつはこの村にはいない。英雄を求めるなら、王都にでも行けよ」

 月光のおかげで辛うじて視界は開けているが、フードを目深にかぶっているせいで顔は見えない。色の濃い外套を羽織っているため、薄暗闇の中では影が立っているようだった。声と体格からすれば、目の前の影は少女に違いない。


「いいえ。あなたこそが英雄になるのです」

「冗談がきついな。おれはもう帰る。さすがに吐きそうなんだ」

 昼間から飲んでいたせいで許容上限はとうに超えていた。くるりと背を向けたおれを、少女は熱の籠った声で呼び止める。

「不死鳥を宿すリンド様にしか、この国を救うことはできないのです」


 その言葉ではたと酔いがさめた。勢いよく振り向いたときには、頭痛と手足の覚束なさだけが残っている。


「ああ、噂通りの目をしていらっしゃいます。その燃えるような黄金の瞳、まさに不死の証でしょう」

 声が弾むのを聞けば、火照った体が急速に冷えていった。心臓が早鐘を打ち、警戒心に呼気が震えた。目の前の少女は、間違いなくおれを探していたのだ。


「……たしかにおれこそが不死者だ。けど、その不死者を訪ねてきたお前は、いったい誰だ?」

 内心の動揺を悟られないように、細心の注意を払って外面を取り繕う。こんな夜中に訪ねて来たのだ。ただの冷やかしとは思えない。ともすれば、使命を帯びているとでも言いたげな口ぶりのこの少女は、本当に救国の士を探しに来たとでもいうのだろうか。


「申し遅れました」

 少女は外套の裾を摘まんで、膝を曲げて礼をする。そのわずかな動作でも、田舎の小村にはそぐわない気品を感じさせた。

「私は、ソルバネア王国王家の末裔、ラナと申します」

 堂々とした佇まいで、凛とした声で、少女ははっきりと素性を明かした。


「……この国の王女?」

 さすがに驚きが顔に出たかもしれない。少女の纏う雰囲気は、国家に忠実な者や運命を信じる者であれば自ずと跪いてしまうほどに華やかで、鮮烈だった。


 しかし、冷静になってその言葉を咀嚼すれば、その思い切りの良さと荒唐無稽さに、変な笑いがこみ上げるようだった。少女の態度は、一片たりとも嘘をついているようではないが、その完全さがかえっておかしみを生じさせる。


「まあ、その。おれが金を持ってそうに見えたか? 王族を騙る目的に見当がつかないんだけど」

 小馬鹿にした言い回しに、少女は余裕を湛えて応えた。

「やはり、お疑いですか」

「疑うというか、ね。信じられるとでも思ったのか?」


 おれは指を三本立てる。別に論理立てるまでもないが、この自信にあふれた少女を納得させるには理由が必要だろう。


「王女ともあろう御方が、何でおれみたいな胡散臭い男を口説きに来るんだ。よしんばお前の言う通り国のためだとして、直接勧誘に来るのは明らかに王女の仕事じゃない」

 酒が入っているせいか、口はよく回る。


「それに王女が、こんな夜中に、護衛も連れずに、旅装を整えておれに会いに来る? 馬鹿馬鹿しい」


 そしてなにより。


「この国の王の血統は、百年や二百年も前に途絶えたって誰でも知ってるだろ。それを自称するのは、詐欺師くらいだ」


 ソルバネア王国は建国から現在に至るまで王制を敷いているが、建国当初の王族の血はとうに滅んでいる。いまや王は一代毎に貴族の中から合議で選ばれているが、ここ数十年は絶対的な力を持ったモスコン家とかいう貴族が独占しているらしい。仮に隠匿していた血族が今さら表舞台に出てきたとしても、相手にされることはない。


 田舎の人間ですら知っているというのに、この少女がわざわざ古い王族の血筋を持ち出してまで大嘘をのたまう意味が理解しがたい。


 再び立ち去ろうとしたところで、少女がそれを制するように口を開いた。

「ではお答えしましょう」

「何だ、聞くだけ聞いてやる」

 おれを断罪するものではないとわかって、少し余裕が生まれた。一方で少女はまだその設定を貫くつもりか、声音に揺らぐところがない。


「たしかに王の血族はほとんど絶えてしまいました。それでも、世に隠れながら細々と繋いできたのです。私達に付き従う者は、昔王を支えた貴族の末裔が少しだけ。もはや私自身が動くよりほかないのです」


 少女が続ける。

「そもそも、私の価値は王の血を引いていることであって、私自身に価値があるわけではありません。他に血を引く者は存在しているのですから。私も他と変わらぬ駒、一人だけ旅の供に連れていますが、それ以上貴重な人員を割く必要もありません」


 少女がちらりとおれの背後を見やった。つられてそちらに視線を向けると、ちょうど建物の間に人影が引っ込んだ。


「まさか」

 上辺を取り繕いながら鼻で笑ってみせる。なるほど、この少女はおれの平静を少しだけ乱すことには成功した。侮っていたところに、ちょっとした証拠を見せられてしまった。とはいえ周囲は暗闇だ。理性は見間違いか、単なる偶然だと判断している。


「真夜中の訪問になったことは申し訳ありません。お昼にこの店に入るところを見かけたので、帰りをお待ちしておりました」

「健気なことだな」

「いえ、突然のご訪問ですから、お待ちするのが礼儀です」


 おれは期待を声に滲ませる少女を、どう扱ったものか思案した。話自体は王族を詐称するのによく聞くことではあるが、そつなく答える少女を見ると、それが嘘のようには思えないのが憎らしい。


 もっとも、おれもそれだけで信じられるほど世間を知らないわけではないはずだ。


「なら、他に証拠は?」

「では、これをお見せしましょう」

 少女は外套の内側に手を差し入れて、何かを取り出す。


 月明かりに照らされて、それが複雑な紋章の刻み込まれたペンダントであることがわかった。少女の行為に得心がいった。はるか昔の、王族の紋章だと言いたいのだ。だが、そんな紋章を一庶民にすぎないおれが知っているとでも思ったのだろうか。いや、知らないことを見越して、何でもない装飾品をそうだと偽っているというのが腹の内だ。


「古来の王から、代々受け継がれてきたものです」

「よく見せてくれ」

「ええ」


 手渡してくれるかと思ったが、少女は自身の手のひらに置いたまま触らせようとはしなかった。その警戒心がむしろ、ペンダントの信憑性を担保しようとする演技のようで苛立たしい。


 ただ、実際このペンダントは街で適当に探して手に入れられるような代物には見えなかった。下方がすぼまる盾形の面のなかで、神鳥の広げた翼は羽の一枚一枚が丁寧に彫り込まれている。手に収まる大きさではあるが、全面に金が使われ、その小ささにより装飾の細かさが強調される。


 ――そして、驚いたことにこのペンダントの作りは、騎士見習いとして伯爵家に奉公していた際に見たものに似通っていた。


 いよいよ疑心暗鬼を生じてしまった。見たところでわかるものではないため、適当に偽物呼ばわりするつもりだったのだが、なまじ知識があったからこそ偽物だと突っぱねることができなくなってしまった。


 どう反応したものか言葉に詰まっていると、今度は少女の方から尋ねてきた。


「私もお聞きしたいことが。 ……その、不死鳥の力がどのようなものかについて」

 これは、まずい流れだ。会話の風向きが変わった。おれは腰帯の裏に差している短剣の感触を確認する。次にこの少女が言うことなど、決まっているのだから。


「リンド様の不死の力というものを、お見せいただけないでしょうか」

 やはり。心音が煩わしい。


「さて、どうだかな」

「リンド様を信頼したとはいえ、私は身分を明かすという危険を冒しております。これも、国を思えばのことです。そのような覚悟の上のご訪問ですから、リンド様のお力を確認しないわけにはいかないのです。初代国王が宿したという、不死鳥の力を」


 不死鳥の伝説は誰でも少年時代に聞くことだ。不死鳥はその時代の英雄を探し、舞い降りる。


 たしかに十年ほど前、真っ赤に燃え盛る神鳥がおれのもとに舞い降りたが、その噂は広がる前に食い止められたはずだ。貴族が王となる当代において、初代国王を思わせる力が世に現れたとあれば、しかもまだ幼く何の力もない子どもが宿したとあれば、余計な危険を生みかねないからだ。


「つまり、おれに一度、死んでみろと言っているのか」

 ことさらに不快感をにじませてみる。さすがに口に出して肯定するのは憚られたのか、無言でうなずくばかりだった。しかしながら、少女の意思は揺るがない。


「けどな、自分を殺すことは神のご意思に逆らうことになる」

 信心などほとんど持ち合わせていないが、言い訳には多用してきた。


「――であれば、僭越ながら私が介錯を」

 不穏な口ぶりに身構えたとき、少女は外套の下から短剣を取り出していた。


 銀色の刃が月光に映える。その先端はあやまたずおれの胸の中心に向いている。その豹変ぶりにぞっとしている内に、彼女は少しのためらいもなく突いてきた。


「おい、待て」

 ただ、その動きだけはどこにでもいる少女と同等のものだった。たいして苦もなく躱すと、少女は再び短剣を振りかざすことはなかった。恥じ入るように短剣をしまう。


「申し訳ありません。ですが、どうかご寛恕を。不死鳥の力が当世にあることを、あるいはないことを、私は証明しなければならないのです」

「それは、お前の都合だろう。たしかにおれは不死者だが、だからって簡単に死にたいと思えるものじゃないぞ」


「わかっております。ですが、そのお力を確かめなければ、私は引き下がることはできません」

「何でだ?」

「この国をモスコン家の専制から取り戻すためです」

 少女はこぶしを握り締めた。


「本来私は、誰が政を担ってもよいと考えておりました。ですがモスコン家だけはいけない。私利私欲に国や民を費やすのだけは許せないのです」

 少女が一歩を踏み出すと、おれは一歩引き下がる。


「不死鳥が舞い降りたと聞き、私はそれを転機だと思いました」

「転機なわけがない。そもそも、不死鳥が舞い降りたって話をほとんど誰も知らないはずだろ。誰も期待なんかしない」

「人の口に戸は立てられぬもの。私が聞きつけたように、噂は水面下で広まっているのです」

 本格的にまずい。


「不死鳥を宿す御方が立ち上がれば、この国を立て直す大きな力となります。周辺諸国との関係も悪化しつつあり、このままでは戦が起こるかもしれません。リンド様の胸中にも、救国の御志があるはずです」


 たしかに、世のため、人のためという思いは、少年時代に徴兵されていく村民の背中を、父の背中を見送ったときからずっと心に巣食っている。彼らはいまだに帰らない。領主から大敗の報せとともに増税を告げられたあの日、おれは不条理に対する憤りを抱え、変革を誓ったものだ。


 しかし、それはもう叶わぬ夢だ。騎士になれずに、奉公先から帰る道の途中で潰えたのだ。


「どうか、リンド様のお力を、御志を見せていただきたいのです」

 月光に照らされて、少女の濃い青色の瞳がフードの下から垣間見えた。その意志の力は、彼女が本当に使命を帯びていることを信じさせるのに十分なほどだ。

 だからこそ、いよいよ退路を断たれた気分になる。


 ――口が裂けても言えないのだ。不死鳥の力をすでに失っていることは。


「……わかったよ」

 覚悟を決めて、腰帯の裏から短剣を取り出した。鞘から取り出すと、おもむろに少女に刃を向けて見せる。最後の悪あがきだ。怯んで逃げ出してくれるならそれでよかったのだが、この少女は何の動揺も示さない。だから、ため息とともに逆手に持ち直し、柄の感触を入念にたしかめた。


「お望みなら見せてやる」

 意を決して、おれは刃を自分の胸に突き立てた。


「ぐぅ……」

 情けない声を漏らし、よろめきながら数歩退く。血が噴き出して胸元を染め、次第に焦点が合わなくなる。自分から望んだことであろうに、少女が心配そうに見ている。

 やがて足がふらつくと、糸が切れたように地面に頽れた。


 目を閉じる。少女が息をのむのが気配でわかった。


 ややあって、少女が地面にうずくまるおれに手を伸ばそうとする気配を察知して、激しく咳き込みながら体を起こす。


「これでいいのか? 王女様」

 何のことはない、ただ死んだふりをしただけだった。不死鳥の力はとっくに失っているのだ。刃が刺されば普通に死ぬ。この少女のように不死の力を試そうとする輩は定期的に訪れるから、常日頃備えはしていた。刃が柄に引っ込む短剣、薄い袋に入れた血糊が、夜闇と相まっていい塩梅を生み出すのだ。


「これが不死鳥の力。ああ、感服いたしました。……そして申し訳ありません。このようなお辛いことをさせてしまって」


 血を拭こうと手巾を胸元に伸ばすのを断って、短剣をしまう。案の定この少女は小細工に気が付いていない。情けないことに、見栄と保身によって「死んだふり」の練度はなかなかのものになっていた。


 すでに村や近隣の町では、不死鳥を宿した青年が現れたことは隠然たる事実である。村民にとってのおれは、いわば力を溜めながら機を見計らう神鳥の化身なのだ。


 別に神格化されているわけでもないが、村での仕事はほとんど肩代わりしてくれるし、さっきまで飲んでいた酒場の店主だってかなりの代金をまけてくれている。ありていに言えば、期待されているのだ。


 不死鳥の力を失ってすぐ、見栄など張らずにいればよかったものを、言い出せないままはや数年。もはやその期待を今さら裏切るわけにはいかないところまで来ていた。力を失っていると知られては、それこそおれは昼から飲み歩くただの怠け者になってしまう。


「気にしなくていい。けど、これは本当に痛いし、疲れるんだ。今日はもう帰らせてもらう」

「ええ、御意のままに。ですが、どうか国のためにお力をお貸しください」

 まったく折れる気配もない。その強情には、あしらうにしてもやり方を選ばなければ何をされるかわからない怖さがあった。


「……そうだな。明日にでも考えるさ」

「はい。このような重大事。考える時間も必要でしょう。明日、もう一度お会いしましょう」

 背越しに手を振って家路につく。後ろから刺されないか不安で、背中を警戒にひりつかせながら足を速める。追ってくる気配はなく、ひとまずは胸をなでおろした。


 おれは不死でも何でもないんだ。できることなどたかが知れている。


 だが、もし仮にあの王女が本物だったとしたら。おれは諦めた騎士の道に進み、父や村民を連れ去った戦や、あるいはもっと大きな何かに、対抗することができるのかもしれない。あの少女は、そう思わせるだけの気品と覚悟を持ち合わせていた。

お読みいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


これから数日かけて9話まで投稿する予定です。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ