第7話 最初の1人
《転生人事課 対象世界一覧》
「……一覧ですか?」
思わず声が漏れた。
資料ページには、顔写真、年齢、職業、家族構成、そして《社会的影響評価》の数値まで、びっしりと並んでいた。
数字の横には、聞き慣れない補足項目がいくつも添えられている。
《この世界での存在感》
《巻き戻し時の混乱予測》
《世界間干渉》
どれも、命を扱っているとは思えないほど、事務的な言葉だった。
真田先輩が続々と資料を持ってきて、淡々と説明する。
「最終的には一人になるけど、比較検討用に四十ほどピックアップしてあるよ。」
「……多くないですか?」
頭が追いつく前に、口が動いていた。けれどそんな僕に構わず真田先輩は少しも表情を変えないまま答えた。
「少ないほうだよ。…仕事が百年止まってたからね。その分、資料も百年分溜まってる。」
「……資料ですか?」
「転生の対象になり得た人のリスト。“使わなかった候補”も含めて、ね。」
さらっと告げられたその一言に、僕は突っ込むのをやめた。聞けばまた余計な現実を知るだけだし、——真田先輩は、そういう人だ。
真田先輩は、人を説明しているというより、条件の揃った“案件”を読み上げるように続けた。
「基準は単純。いなくなったとき、この世界がどれだけ困るか。」
資料を見ると影響力の数値が低い順に、候補者の写真が並んでいる。
「数値が低いほど、社会は平常運転を続けられる。逆に、高ければ高いほど、異世界崩壊のリスクが跳ね上がる。」
淡々とした説明を聞きながら、前に課長が言っていた言葉を思い出す。
——転生は影響が小さい人を選ぶ。
——巻き戻しは、影響力がある人でなければ意味がない。
あのときはよく分からなかったけれど、今なら少しだけ分かる気がした。
だから数値だけじゃ決められない。混乱予測や世界干渉のバランスを見ながら、ギリギリのラインを探すことが必要なんだ。
……さらっと説明されていたけど、やってることは、かなり怖い。
頭では理解している。
これはその人の価値じゃない。影響力の問題だ。
それでも——
どこかで、線を引いている気がしてならなかった。
……人を、選んでいる。
胸の奥に引っかかるものを押し込めるように、僕は小さく息をついた。
仕事だ。進めなきゃいけない。
自分に言い聞かせるように、手元の資料に視線を落とす。沢山並んだ候補の中から、最初の一人に目を止めた。
⸻
候補1番:魔法世界/男性/42歳/伯爵
肩書きの横に、小さく注記が付いている。
・妻、子ども1人
・魔法世界での存在感:低い
・巻き戻し時の混乱予測:領地に影響(可能性30%)
《死亡後、領地運営は弟が継承》
《主要人物の精神変動:軽微》
「……あの、コレ死後、って書いてありますけど」
「前提条件だよ。」
真田先輩は、あまりにも当然のように言った。
「転生課だからね。こちらの世界で死亡が確認されないと転生も巻き戻しも実行できない。」
「そんな前提、さらっと言わないでください……」
画面の中の伯爵は、穏やかな顔で微笑んでいた。
「……遺影みたいですね。」
自分でも驚くくらい、感情がこもっていなかった。
真田先輩は手を止めることなく資料ページをめくる。
「死亡直前の顔データを使っているからね。」
「……そういう意味じゃなくて」
言いかけて、やめた。
——この伯爵は、自分が“候補”に入っていたことすら、知らない。
それなのに、もう“候補1番”という番号で整理されている。
その時、いつの間にか、背後から声がした。
振り返ると、黒木課長が資料を覗き込んでいる。
「おっ、やってるね。どうだい?」
「はい。今のところ滞りなく、また影響力の大きい人物を中心に探しています。」
真田先輩が淡々と返すと、課長はふう、と短く息を吐き、候補1番の写真をじっと見た。
「この伯爵……奥さんに家事任せきりにしてそうだな。」
真田先輩が淡々と横から補足する。
「…むしろ貴族はメイドがいます。奥さんだけでやらせるなんてことはまずありません。」
——
候補2番:魔法文明進行世界/女性/17歳/学生
・両親健在
・友人多数
・通信魔法利用頻繁
・巻き戻し時の混乱予測:
→記憶保持・拡散・世界間干渉(可能性78%)
「……ダメですね、即却下です。」
「判断が早い!」
僕は思わず突っ込んだ。
「通信魔法なんかで世界中記憶保持が拡散でもされたら、大規模な混乱が起こりますから。」
その後もページをめくるたびに、数字が踊る。
影響力45%。
混乱率62%。
存在感89%。
数字の波に飲まれかけるながら、途中で僕はふと指を止めた。
「……これ、社会的影響が低い=孤独な人、ってことになりませんか?」
一瞬、転生人事課内の空気が止まる。
真田先輩は相変わらずページから目を離さず淡々と答えた。
「結果的には、そうなることが多いね。」
「……多い、じゃなくて」
思わず言い淀む。
「それって、選ばれる理由が“誰にも惜しまれないから”みたいに聞こえるんですけど。」
そのとき——
「いい質問だねぇ。」
黒木課長は、評価欄を眺めたまま、雑談のように口を開く。
「まさに、そこが肝だ。」
僕が固まって見つめる中、課長はファイルを一瞥して、指で机をトントンと叩く。
「“社会的影響が小さい”というのはね、この世界が困らないという意味だ。」
「……」
「でも、本人が困らないとは限らない」
胸の奥がざわつく。
「だからこそ説明と同意が必要になる。」
課長は感情のない顔でにこりと笑った。
「説明、ですか?」
「正確には“あなたがいなくなっても、世界は変わらず回る”ってね。」
「……それ、言われたくないです。」
「だよねぇ。」
課長は軽く笑い、僕を見据える。
「だから、ね。相川くん。嫌な予感しかしないだろうけど、この中から君が、“一番マシだと思う地獄”を選んで起案してほしい。」
「地獄って言いましたよね!?それを選ばせるんですか、僕に!?」
こうして、転生課の夜は更けていった。
⸻
その後も資料のページを次々とめくっていく。資料も終盤に差し掛かった頃、女性・20歳前後の高位貴族の姿が目に留まった。
「……あっ、この人。」
僕は思わず手を止め、息を呑む。
家族構成は王家に近しく、社会的影響評価は低く、巻き戻し時の混乱は限定的だった。
「世界への影響は未知、ただし現実面での混乱は最小。代替可能性も高い。巻き戻しも安全に実施可能そうだ。」
真田先輩が横からゆっくり頷く。
ページの向こうには、なおも膨大な詳細世界情報が書き綴られている。
魔法が日常の国、
剣と魔法で秩序を保つ世界、
祈りが制度として機能、
「……なかなか冒険っぽいけど、それでも候補者はこれでいいのかい?」
黒木課長の声には、少し笑いも混じる。
緊張感と疲れが入り混じった声だ。
「…ええ、これが一番マシな地獄です」
「そうか」
黒木課長の口元が、にやりと上がる。
僕はまだこの候補者294番の名前も称号も知らない。
ただ、この人物が自分の初めての“巻き戻し対象”であることだけが、なぜかはっきりとわかった。




