表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第1話 転生課

配属初日、僕は一枚の紙を握りしめていた。


《辞令:相川 透 異世界均衡維持局 転生人事課 配属を命ず》


「……転生人事課?」


声に出して読んでみたが、やはり意味は分からなかった。


異世界均衡維持局。

名前だけ聞けば、さぞかし立派な行政機関のどこかの部署だろう。

だが、その下にぶら下がっている“転生人事課”という文字列が、どうにも胡散臭い。



「あぁ、新人君。ここだよ。」


案内役の真田先輩は、淡々とした口調でそう言って、古びた扉を指差した。

表札には小さく、しかし確かにこう書かれている。


《転生人事課》


「……あの、真田先輩。」


「なぁに?」


「ここ、本当に異世界行政機関なんですか?」


「一応ね。まぁ、お客様は神様だけど。」


さらっととんでもないことを言われたが、深く考える前に扉は開かれた。



中は驚くほど普通のオフィスだった。

長机、書類棚、ホワイトボード、コーヒーメーカー。

……唯一違うのは、壁一面に貼られた予定表の内容くらいだ。


・九柱神 依頼打合せ(至急)

・異世界A 均衡報告会議

・未処理案件(大量)



席に案内され、先輩から出されたコーヒーを啜る。

立ちのぼる香りは、拍子抜けするほど普通だった。


「……神様って、そんなに沢山いるんですか?」


「そうそう。日本はね、やおよろずの神様達がいるから。」


真田先輩は軽く頷く。


「この課の仕事は簡単だよ。

神様たちから依頼を受けて、世界の均衡を保つために、手頃な人間を異世界へと転生させる。」


「……はぁ」


「日本人は信仰的に相性がいいからね。

昔から転生素材――じゃなくて、対象として優秀なんだ。」


……今、素材って言った?


聞き流すことにして、業務として気になった点を尋ねてみた。


「……ちなみに、最近は誰をどこに転生させたんですか?」


真田先輩は一瞬固まった後、視線を逸らしたまま静かに答えた。


「……していない。」


「……はい?」


「ここ最近は誰も、転生していないんだ。」


「……え?」


思考が追いつかない。

ここ、転生課なのでは?


一度、ゆっくりと息を整えてから、僕は尋ねた。


「じゃあ、この課は今……いったい何をしているんですか?」


真田先輩は深く息を吸い、絞り出すように言った。


「会議」


「……会議?」


「神様たちから毎日毎日来る依頼を、どうやって断るかの会議。」


「ええええ!?」


固まる僕をよそに、真田先輩は勢いよく説明を始めた。


「だって考えてもみてごらんよ!監視カメラ。失踪事件。SNS。科学捜査。今、この現代社会で突然人がいなくなったら、どうなると思う?」


現代では、人が突然消えることが、もはや“許されない時代”になってしまった。

――つまり、転生そのものが物理的に不可能になってしまったのだ。


「というわけで、転生させられない。できないんだよ。

……昔は神隠しで済んでたんだけどね。」


「……それって、誘拐ですよね?」


「まぁ、時代が違ったからね。」




転生課が最後にちゃんと仕事をしたのは、かなり昔の話らしい。詳しく聞くと、昭和初期あたりだという。


「それじゃあ、各異世界はどうなっているんですか?」


「そこは神の力。」


真田先輩は、当然のように言った。


「時間を巻き戻してるのさ。」


「……巻き戻し?」


「世界が滅びそうになったら、神の力で問題が起こる前まで戻して、最初からやり直す。だから一応、均衡は保たれてる。」



そのとき、部屋の奥から声がした。


「やあ、君が新人の相川くんか。」


振り向くと、部屋の一番奥、明らかに一段格の違う机に座った男が、こちらに手を振っていた。


「私がこの課の課長、黒木だ。…それにしても、君も難儀な課に配属されたね。ここは成果も出せないから異動もできない。なにせ、何にもないからね……私もここから抜け出せないんだよ。」


黒木課長は、乾いた笑いを漏らした。


「はぁ、私も神様みたいに時間を巻き戻せるなら、人生やり直したいよ。あははは」


――その言葉を聞いた瞬間。


「それですよ!」


気づけば、考えるより先に口が動いていた。


「……なにが?」


「巻き戻しです。」


二人が同時に僕を見る。


「記憶を持ったまま“人”を巻き戻せばいいんじゃないでしょうか?」


「「は?」」


「過去に、記憶を持ったまま戻れる。つまり、これから起こる未来を知っているということです。だから、記憶を持ったまま人を過去に戻せばいい。それなら転生させる必要も無くていいですし、世界を変えられるし救える……かも?」


次の瞬間。


「それだぁああ!!」


黒木課長が勢いよく立ち上がった。


「採用だ!まさか百年間滞ってた仕事が、こんな簡単に!」


真田先輩も目を輝かせる。


「相川君……君は天才大型新人だ……!」


その横で黒木課長は、

「これを機に異動だ!いや、出世か?」

と一人で盛り上がっている。



僕はその様子を横目に、真田先輩と視線を交わした。

さっきまで輝いていた瞳が、次の瞬間、すっと現実に引き戻される。


「「……まぁ」」


ほんの少しの間を置いて、僕たちは同時に口を開いた。


「「転生は、してないんですけどね」」


顔を見合わせ、ほんの少しだけ笑う。


こうして僕の、転生人事課での仕事が始まった。


――百年間、時間が止まっていたこの課で。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ