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苦手な方はご注意ください。

全てに絶望した公爵令嬢は「心のない人形になりたい」と願う・短編

作者: まほりろ


「もう、全てに疲れました。

 心など捨ててしまいたい……。

 だって、心があるから傷つくのですもの。

 私は……心のないからくり人形になりたい」


「わかったよ、オフィーリア。

 精霊王の名にかけて君の願いを叶えよう」



◇◇◇◇◇



彼を助けたのは偶然でした。


ある日、バルコニーに一羽の鳥が倒れていました。


放っておくことができず、私はその鳥を手当てしました。


一月後、すっかり傷の癒えた鳥は、青く艷やかな髪にサファイアの瞳の美しい青年に姿を変えたのです。


彼は自らを「精霊王」と名乗り、「助けてくれた。お礼に願いを一つ叶えてあげる」とおっしゃいました。


私の願いは……。


心を捨てることでした。


私の名はオフィーリア・ローデンベルク。


公爵家の長女で、王太子エドワード様の婚約者。


肩書きと身分だけは立派ですが、厳しい王太子妃教育と、仕事をこなすだけの日々に心が擦り切れていました。


王太子の婚約者とは名ばかりで、実際は馬車馬の生活と大して変わりません。


いえ、外の景色が見られる分、部屋に籠もって仕事をしている私より、馬車馬の方が幸せかもしれません。


私を政治のための道具としか思ってない父。


年の離れた弟ばかりを溺愛する母。


自分が両親に可愛がられていることを理解し、マウントを取ってくる弟。


私を面倒な仕事を押し付ける便利な道具だとしか思っていない婚約者のエドワード様。


私の手柄を取り上げ、エドワード様のやらかしを私に押し付けてくる国王陛下。


私の髪と瞳を「魔女のようで真っ黒で気味が悪いわ」と貶める王妃殿下。


私を悪役に仕立て、エドワード様に取り入るリーナ・グレーフ男爵令嬢。


私を非難することで、エドワード様とリーナ様のご機嫌を取るエドワード様の側近の宰相子息と魔術師団長の息子と宮廷医術師の息子。


私の悪口で盛り上がる学園の生徒。


全てにうんざりしておりました。


日が昇る前から働き、深夜まで働いてもねぎらいの言葉の一つもない。


完璧であるのが当たり前、ミスをすれば過剰に責められる。


エドワード様は、私を王太子妃にし、リーナ様を側室として迎えると堂々と私の前で宣言しました。


「お前と結婚しても、お前を愛することはない!

 お前は俺とリーナの為に仕事だけしていればいい!

 世継ぎはリーナが生む!」


エドワード様は私に仕事だけをさせ、手柄は全て自分たちのものにする計画のようです。


その事を父に話しても、「王族との結婚は家の名誉だ」の一点張りで、婚約を解消したいという私の話を聞いてくださらない。


「もう、全てに疲れました。

 心など捨ててしまいたい……。

 だって、心があるから傷つくのですもの。

 私は……心のないからくり人形になりたい」


私は全てに疲れ切っていた。


「精霊王様、私の願いは心を捨てることです。

 王太子妃になることを避けられないのなら……。

 家名の為に逃げることも、死ぬことも許されないのなら……。

 心など捨ててしまいたいのです」


精霊王が息を呑む音が聞こえました。


気がつくと、私の頬に涙が伝っていました。


まだ私にも、涙を流すほどの感情が残っていたのですね。


そのようなものは必要ないのに……。


精霊王は私の頬に触れると、指で涙を拭いました。


「わかったよ、オフィーリア。

 精霊王の名にかけて、君の願いを叶えよう」


彼はそう言って微笑んだのです。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






――半年後――



学園の卒業パーティー。


王太子エドワードは、男爵令嬢のリーナをエスコートし、パーティー会場に現れた。


彼らの背後には学友兼、幼馴染兼、側近の宰相の息子、魔術師団長の息子、宮廷医術師の息子の三人がいた。


エドワードは金髪碧眼で長身の美男子。


リーナは桃色の髪に水色の瞳の庇護欲を誘う美少女。


二人が並ぶと、美男美女でまるで一対の人形のようだった。


エドワードとリーナは、最高級シルクをふんだんに使った揃いのデザインの特注の衣服を纏っていた。


リーナが身につけているティアラ、イヤリング、ネックレスには希少なブルーダイヤモンドが使われ、会場内の注目を集めていた。


「王太子殿下はリーナ様をエスコートなさったわ。

 やはりオフィーリア・ローデンベルク公爵令嬢ではなく、リーナ様と婚姻なされるのかしら?」


「ローデンベルク公爵令嬢はリーナ様に嫌がらせをし、暴力を振るっていたそうじゃない?

 王太子殿下に愛想を尽かされて当然だわ」


「そう言えば、ここ半年ほど学園でローデンベルク公爵令嬢を見ていませんね?」


「殿下の寵愛が受けられなくていじけてしまったのね。

 お屋敷に引き込まれてやけ食いでもしているのではないかしら?」


「では、次にお会いしたときは見るも無惨なほどぷくぷくに太っているかもしれませんね」


「ふふふ、本当にそうなっていたら見ものだわ。

 みんなでからかってあげましょう」


女子生徒たちはオフィーリアの醜聞を肴に、噂話に花を咲かせた。


一方、男子生徒達は……。


「王太子殿下はシルトフェルン帝国との商談を纏めたのだろ?」


「我が国とザンクトハイム聖国間の関税の引き下げに成功したらしい」


「フリーデヴァルト王国から、貴重な絹織物の輸入にも成功したらしいぞ」


「それに引き換え、ローデンベルク公爵令嬢ときたら……」


「シルトフェルン帝国の宰相のかつらをとって激怒させたそうじゃないか」


「ザンクトハイム聖国の宗教観に口出しし、大神官様を激怒させたとも聞いたぞ」


「あんな女が、未だに王太子殿下の婚約者の地位に収まっていられるのか、不思議でならない」


「全くだ。

 ローデンベルク公爵令嬢は高慢で嫌味で暴力的な女で、良いのは家柄だけだからな」


男子生徒達もオフィーリアを貶めていた。


公然と公爵令嬢を悪口を言っても誰にも咎められない……。


オフィーリアの悪口で盛り上がるのは、彼らのストレス解消に繋がっていた。


そして雑談の最後は「清楚で可憐なリーナ様こそが王太子殿下の婚約者にふさわしい。悪女ローデンベルク公爵は断罪されるべきだ!」という言葉で締めくくられた。


そんな生徒たちの噂話をエドワードとリーナは、上機嫌で聞いていた。


オフィーリアが悪女と蔑まれるのは、エドワードにとっても、リーナにとっても、エドワードの側近達にとっても気分が良いものだった。


やがてワルツが流れた。


「踊ろうリーナ」


「ええ喜んで、エドワード様」


エドワードがリーナをダンスに誘った。


観衆が見守る中、リーナをエスコートし、エドワードが広場の中央に進む。


生徒たちは、二人を避け、二人がダンスするための空間を作った。


豪華絢爛な衣装を纏いダンスする二人を、誰もがうっとりと眺めていた。


……その時。


バン!! と音を立て扉が乱暴に開き、騎士団長が数十人の部下と共に会場に入ってきた。


不意なことに驚き、楽団は演奏の手を止めた。


エドワードとリーナに向けられていた人々の視線は、騎士団へと移った。


会場内に人々のざわめきが広がり、騎士団の靴音が響く。


騎士団長はまっすぐにエドワードの元に進み、団員もその後に続いた。


最高の時間を邪魔され、エドワードは不機嫌なのを隠そうともせず、眉間にしわを寄せた。


それは、リーナも側近たちも同じだった。


その他大勢の生徒たちは、巻き込まれないように遠巻きに事態を見守っていた。


「なんだ貴様らは!

 今日は俺の卒業パーティーだそ!

 それをわかっていて乱入してきたのか!?」


「そうよ!

 せっかくエドワード様と良い気分でダンスを踊っていたのに!

 台無しじゃない!」


エドワードとリーナが騎士団長に向かって吠える。


「パーティー中にお邪魔した非礼をお詫びいたします。

 騎士団長のフリオル・ヴァイスホープと申します」


騎士団長は茶色の髪に黒い目の美男子で、半年前に騎士団長に就任したばかりだった。


普段は美男子を見たらすかさず色目を使うリーナだが、今はそれよりもダンスを遮られた怒りが勝っているようで、騎士団長をキッと見据えていた。


「しかし、此度のことは王命でございますので、ご容赦ください」


「王命だと……!」


「王命」と言われ、エドワードはぐっと拳を握りしめた。


ダンスを邪魔されて腹立たしいのは変わらないが、王太子といえど王命に逆らうことはできないのだ。


「お、王命ではしかたないな。

 それで、要件はなんだ?

 手短に話せ」


エドワードが渋々といった表情で、そう呟いた。


「はい、エドワード様、並びにリーナ様が今お召しの衣装についてでございます」


「俺達の衣装がどうしたというのだ?」


「誠に申し上げにくいのですが……。

 エドワード様がお召しのジュストコール、リーナ様がお召しのドレス、お二人が身につけているアクセサリーや宝石の代金が未納となっております」


「はっ?!」


「えっ……?!」


エドワードとリーナは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


「そんなハズはない!

 代金ならちゃんと支払った!」


エドワードが眉間にしわを寄せ、騎士団長を怒鳴りつける。


「失礼ながら、それはエドワード様の私費から支払われたのでしょうか?」


「それは……王太子妃に当てられた費用から……」


婚約者でもない男爵令嬢に、王太子妃の費用を当てたばつの悪さから、エドワードはやや小声で答えた。


「支払いは現金でなさいましたか?」


「いや、小切手で支払った。

 商人には後で王城に請求するように申し付けた」


支払いについてこのような場で説明することにはなるとは予想していなかったようで、エドワードの顔は羞恥で赤く色づいていた。


「残念ながら、その決済は陛下が承認なさいませんでした」


「冗談だろ……!?」


「実を申しますと、半年前からエドワード様がリーナ様にプレゼントされる際に、商人に手渡した小切手は一切承認されておりません」


「そんなはずはない!

 だって、今までは取り立てなどなかった……!」


エドワードが慌てた様子でそう言い訳した。


「今までは王太子妃の費用からではなく、エドワード様の個人財産から支払われていたのです」


自分の個人的な財産が使われていたことに、エドワードは驚く。


王太子妃から支払われると思い、豪華なアクセサリーやドレスを贈っていた。


自分の財産が減るなら、もう少し考えて使ったのに……とエドワードは後悔していた。


「なら、今回も俺の個人財産から支払う!

 それでいいだろう?」


エドワードは、自分の財産をこれ以上減らしたくなかったが、この場を丸く収めるには代金を支払うしかないと悟った。


エドワードは、王族が支払いで揉めるという醜態をこれ以上皆の前で晒したくなかったのだ。


「申し訳ございません、エドワード様。

 エドワード様の個人財産はすでに底を尽いております」


「なっ、馬鹿な……!」


自分の財産が底を尽いたと知り、エドワードの顔から血の気が引いた。


そんな恥ずかしい事を、全校生徒の前で暴露され、この場から消えてしまいたいと思っていた。


「支払いが滞っていることを、本日陛下に報告いたしました。

 陛下は『お金が払えないなら、商品を取り上げ、商人に返却しなさい』とおっしゃいました」


「なに!?」


「二人を取り押さえろ!」


騎士団長の命令を受け、騎士がエドワードとリーナを取り押さえる。


「離せ! 俺は王太子だぞ!」


「何すんのよ! 触んないでよ!」


「失礼いたします。

 代金未納のためアクセサリーや宝石を回収いたします」


暴れる二人を無視し、騎士団長は二人が身につけていたアクセサリーを全て回収した。


アクセサリーを失った二人に、先ほどまでの輝きはない。


「そうそう、伝え忘れました。

 衣装につきましては、一度身につけたものは価値なしと判断されるので、返品は不要とのことです」


身ぐるみを剥がされず、エドワードとリーナは安堵の息を吐いた。


「『衣装代は働いて返すように』との陛下のお言葉です」


「なんだと……!」


「失礼しちゃうわ!

 私が纏ったドレスが値なしだというの?」


「失礼ながらリーナ様が纏っているドレスは、すでに大勢の方の目に触れております。

 同じドレスを身に着け、パーティーに参加すれば、『リーナ様のお古』と揶揄されることでしょう。

 よって、一度人前で誰かが身に着けたドレスには価値がないのです」


「私に向かってそんな口を利くなんて許せない!

 私はエドワード様の最愛なのよ!

 この国で最高に偉い、選ばれた女なのよ!

 エドワード様、こいつを死刑にして!」


騎士団長の説明にリーナは納得ができず、眉を釣り上げ罵声を飛ばした。


「清楚で愛らしく公爵令嬢の虐めにも負けない健気な男爵令嬢」という噂を信じていた生徒たちは、リーナの真実を知って幻滅していた。


「こんなやり方は納得がいかない!

 父上に問いただす!」


エドワードは眉を釣り上げ、騎士団長を睨みつけた。


「承知いたしました。

 もとより、エドワード様をお父上の元にお連れするようにと命を受けております」


騎士団長はリーナと、エドワードの三人の側近に目を向ける。


「側近の方々もご同行願います。

 これは王命でございます」


エドワードの側近達は「王命では仕方がない」と呟き、素直に騎士団長の命令に従った。


エドワードは、恥をかかされた場所に長居したくなかったので、素直に騎士団長のあとに続いた。


リーナもそれは同じだった。


パーティー会場を去る彼らに、入ってきた時の華やかさや威厳はなかった。


残された生徒たちは、パーティーをする気にはならず、卒業パーティーは早々にお開きとなった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「おい、父上の元に案内しろと言ったハズだ!

 なぜこんな場所に連れてきた!?」


エドワード達が連れてこられた場所は、城の地下牢だった。


「こんな場所に父上がいるはずがないだろう!!」


エドワードが騎士団長に詰め寄る。


「エドワード……!

 そなたなのか……?」


聞き覚えのある声にエドワードが振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。


「ち、父上……!

 それに母上も……!」


牢屋の中には国王と王妃がいた。


二人は王族の衣装を纏っているが、それは薄汚れていた。


国王と王妃が牢屋にいることに、エドワードもリーナも側近達も動揺を隠せない。


「貴様!

 父上と母上を牢屋に入れるとはどういう了見だ!

 今すぐ二人を牢から出せ!!」


エドワードが騎士団長の胸ぐらを掴むが、彼は全く動揺していなかった。


騎士団長はエドワードの腕を払うと、彼の腕を捻り上げた。


「うぎゃーー!」と叫び声を上げ、エドワードが顔を歪める。


()()のご命令です。

 ちゃんと()()()の元まで連れてきたのですから、そう声を荒げないでください」


エドワードは騎士団長の言葉の違和感に気づいた。


エドワードにとって陛下と呼ばれる人物は、父親だけだ。


だが騎士団長の言い方は、国王と自分の父親は別の人物のように聞こえる。


「離せ!

 俺をどうするつもりだ!」


エドワードは涙を堪え、騎士団長を睨みつける。


騎士団長はエドワードの言葉を無視し、部下に指示を出し、手際よくエドワード達を牢の中に入れた。


「貴様!

 許さんぞ!

 王族の俺を牢屋に入れるなど!」


騎士団長はエドワードに向かってニコリと微笑んだ。


「あなたも、あなたのご両親ももはや王族ではありません」


「なっ……!」


「本日、革命が起きました。

 新しく国王に即位されましたのはローデンベルク公爵家のオフィーリア様」


騎士団長が事務的な口調で説明する。


「そんな出鱈目な話があるか!

 俺は信じないぞ!」


「本当だ、エドワード。

 オフィーリアはわずか半年ほどで反対勢力をまとめ上げ、貴族院を掌握し、わしを廃位に追い込んだのだ……」


「あっという間の出来事でしたわ。

 会議に参加したときは、まさか謀反を起こされるなど、思いもしませんでした……」


そう告げた先王と先王妃の顔は憔悴しきっており、悲壮感に満ちていた。


両親にそう言われては、エドワードもオフィーリアが新国王になったことを、事実と認めないわけにはいかなかった。


「なぜだ! オフィーリア……!

 俺と結婚すれば王太子妃になれたというのに!

 何が不満だったと言うのだ!」


エドワードは悔しげに鉄格子を叩いた。


鉄格子はびくともせず、打ち付けた手が痛むだけだった。


「なぜ?

 おかしなことをおっしゃいますね?

 無能な先王と先王妃と先王太子に仕え、馬車馬のように働かされ、手柄を横取りされ、失敗をなすりつけられるのに嫌気が差したからに決まっているでしょう?」


騎士団長の辛辣な物言いに、エドワードはカチンと来ていた。


「シルトフェルン帝国との商談を纏めた功績、

 ザンクトハイム聖国との関税の引き下げの功績、

 フリーデヴァルト王国から貴重な絹織物の輸入を取り付けた功績。

 孤児院の増設、平民の為の学校の設立、

 それらは新国王陛下が公爵令嬢時代になされた功績。

 あなた方はそれを盗み自分たちの手柄にしていた」


騎士団長が先王と先王妃とエドワードを睨む。


「そして、シルトフェルン帝国の宰相のかつらを取って激怒させた罪、

 ザンクトハイム聖国の宗教観に難癖をつけ大神官様を激怒させた罪、

 これらを公爵令嬢時代の陛下に着せた」


それは彼らがしたことの一部にすぎなかった。


自分たちの罪が暴かれ、先王も先王妃もエドワードも顔色が悪い。


「三人共、お仕事が大嫌いでしたよね?

 オフィーリア様に、あれこれと命令を下すだけでした。

 仕事の手助けをするどころか、邪魔をするときもありましたね。

 どうせ仕事をするなら、無能を排除し、スムーズに仕事を進めたいという考えに至るのは当然でしょう?」


「誰が無能だ!」


「あなた方全員です。

 無能なくせに口だけは達者な浪費家の穀潰し。

 この国にこれ以上無駄なものはありません。

 無駄なものは排除されるのは世の常でございます。

 ご理解ください」


「貴様、これ以上、俺や父上への侮辱するのは許さん!」


エドワードが鉄格子の間から手を伸ばすが、騎士団長には届かない。


「エドワード様は、なぜ腹を立てているのでしょう?

 陛下は、お仕事が大嫌いな皆さまを仕事から解放してくださったのです。

 どうぞお喜びください」


「牢屋に入れられて喜べるか!」


「陛下のご温情です。

 どうか、家族や仲の良いご友人と心ゆくまで暇を堪能してくださいませ。

 少々部屋が薄暗く、かび臭く、狭く、不潔なことを除けば、快適な場所でございます」


騎士団長の表情は朗らかだったが、発する言葉は氷よりも冷たかった。


「わ、私はなんにもしてないわ!

 ここから出してよ!」


リーナが口を開いた。


リーナは片目をパチパチさせ、騎士団長にめいっぱい媚を売ろうとしている。


「リーナ様、あなたは学園に入学してから半年前まで、

 王太子妃の予算が使われていると知りながら、

 エドワード様から不当にプレゼントを受け取っていましたね?

 横領は立派な犯罪です」


「だって、エドワード様がくれるって言うから……!

 私は悪くないわ……!」


リーナは罪を逃れようと言い訳したが、騎士団長は彼女の言葉を受け入れなかった。


「エドワード様の側近の御三方も、その事を黙認していましたね?

 いや、それだけではない。

 王太子妃に当てられる費用で豪勢に飲み食いしていましたね?

 調べはついているのですよ」


騎士団長に睨まれ、三人は言葉に詰まった。


「そ、それは……」


彼らは騎士団長から視線を逸らし、ばつが悪そうな顔を背けた。


「お分かりいただけましたか?

 リーナ様も側近の皆様も、牢屋に入れられるだけのことをしているのですよ」


騎士団長にそう言われ、リーナ達は押し黙るしかなかった。


「うっかり伝え忘れていました。

 先ほど私は皆様にゆったりと牢屋で寛いでほしいと言いましたが、エドワード様と、リーナ様と、エドワード様の側近の御三方には、ここを出て労働していただかなくてはなりません」


「俺達に働けと言うのか……?」


「労働」という言葉に、エドワードが顔をしかめた。


「その通りです。

 使い込んだ費用を全額返済するまで、鉱山で働いていただきます。

 安心してください、余分に搾取したりはいたしませんので。

 返済が終わりましたら、牢屋にお戻りいただきます。

 どうぞゆったりと牢屋でお寛ぎください」


贅沢な暮らしに慣れた彼らにとって、鉱山での労働も、牢屋ですごすのも、どちらも地獄だった。

 

「鉱山は薄給。

 ドレスや宝石、高級店での飲食代を支払い終えるまでに何年かかるでしょうね?」


騎士団長の言葉に、エドワード達は絶望した。


彼らの顔は真っ青で、体は小刻みに震えていた。


全員、まさか今頃になって使い込んだ費用を請求されるとは思っていなかったのだ。


「では私はこれで失礼します」


踵を返そうとする騎士団長をエドワードが呼び止めた。


「待て!

 オフィーリアが女王になったと言ったな!?

 世継ぎはどうするんだ?

 王家の血を引く俺が必要なんじゃないのか?」


エドワードが鉄格子を掴み、声の限りに叫んだ。


「ご心配には及びません。

 エドワード様の血は必要ございませんので」


「なに……!?」


「新国王陛下は、ローデンベルク公爵家のクルステン様を養子に迎えました。

 クルステン様は新国王陛下の実弟。

 ローデンベルク公爵家は王家の縁戚ですので、血筋も身分も問題ございません」


「……!」


騎士団長の言葉に、エドワードは苦しげに唇を噛んだ。


「一つ心配なのはクルステン様の教養が不十分なことです。

 ローデンベルク公爵夫妻はクルステン様を甘やかすだけで満足に教育していなかったご様子」


騎士団長の漆黒の瞳がギラリと光る。


「しかしながらクルステン様はまだ五歳。

 ローデンベルク公爵夫妻からクルステン様を引き離し、城で再教育する予定です。

 徹底的に厳しい教育を施せば、更生の余地があるだろうとの陛下のご配慮です。

 万が一、クルステン様がものにならなかったそのときは……。

 別の人間を世継ぎに指名するとのことです。

 その場合は、クルステン様には皆様のお仲間入りをしていただきます」


新国王は、クルステンに一切期待していない。

 

徹底的に厳しい教育を施し、クルステンの甘ったれた根性が矯正されれば、幸運ぐらいに考えていた。


「そうそう、ローデンベルク公爵夫妻もいずれここに参りますので、仲良くしてあげてくださいね」


実の親や弟にも容赦のない新国王に、エドワードは寒気を覚えた。


「そんな話は容認できない!

 王家の正当な世継ぎは俺だ!

 オフィーリアにも、国にも俺が必要なハズだ!

 俺をここから出せ!!」


エドワードは鉄格子を揺すろうとしたが、徹底的はびくともしなかった。


「エドワード様、新国王陛下はあなたのことも、ここにいるどなたのことも必要としておりません」


「そんなことは……!」


「エドワード様を支持していた無能で役立たずな貴族も、追ってここに参ります。

 少々手狭になりますが、賑やかになるので退屈はしないでしょう」


騎士団長はエドワード達にそう告げ、にっこりと微笑んだ。


「それでは、私はこれで失礼いたします」


騎士団長は踵を返し、振り返ることなく牢屋を後にした。


「待て!

 待ってくれーー!!」


エドワードが騎士団長を呼び止める声が、虚しく牢屋に響いた。





◇◇◇◇◇



――一カ月後――



南国の島の浜辺。


パラソルの下で艷やかな黒髪の美少女が、ラウンジチェアに美しい体を預けていた。


少女は新聞の一面を見て、目を瞬かせた。


「クローネンハイト王国でクーデター。

 国王と王妃と王太子を始めとした王族と、彼らに付き従っていた貴族が身分を剥奪され投獄された。

 新国王には周辺国からの信頼の厚いオフィーリア(元ローデンベルク公爵令嬢、十八歳)が即位。

 新国王の実弟のクルステン(元公爵令息、五歳)を養子にし、王太子教育を始めた……」


新聞を音読し、少女はため息をついた。


「精霊王、随分派手な事をなさったのね?」


少女は隣のパラソルの下で、ラウンジチェアに横たわる男に声をかけた。


男は青い髪をかき上げたあと、カサのついたストローでジュースを優雅に味わった。


「オフィーリア。

 それは君の分身、心のないからくり人形がしたことで、僕はほとんど関与してないよ」


精霊王は七カ月前、オフィーリアの願いを叶えた。


オフィーリアの能力と記憶をコピーした彼女そっくりのからくり人形を作り、城に送ったのだ。


ただ一つ本物と違うのは「心」がないこと。


「私は心を捨ててしまいたい、からくり人形になりたいと願っただけよ?」


「君にそっくりの心のないからくり人形が、君の代わりに城で仕事をしてるんだ……願いを叶えたのも同然だろ?」


「まぁ、精霊王様はいい加減なのね」


「僕は風の精霊だから、地の精霊ほど四角四面じゃないのさ」


言葉とは、取りようでどうとでも解釈出来るのだ。


オフィーリアの願いは心を無くして人形のように仕事に取り組むことだった。


精霊王は都合よく解釈し、心のないオフィーリアそっくりの人形を城に送り、仕事だけをさせているのだ。


願いなど、叶える側の胸先三寸でどうにでもなるのだ。


城に送られたからくり人形のオフィーリアは、心がないため誹謗中傷を受けても全く一切傷つかない。


しかも疲れないので本物以上に上手く立ち回っていた。


予想外だったのは、人形のオフィーリアが究極の合理主義者になったことだ。


人形のオフィーリアは、常人の三倍速で仕事をこなし、徹底的に無駄を排除した。


王太子妃の予算を凍結し、エドワードに使わせなかったのも彼女だ。


本来は国王がやるべき仕事だが、彼はオフィーリアに丸投げしていたのだ。


そして、あるとき人形のオフィーリアは気づいてしまった。


城に巣食う究極の無駄がなにかに……。


彼女が究極の無駄と判断したもの……それは仕事をしない、金遣いが荒い、傲慢の三拍子が揃った国王一家だった。


無駄を徹底的に排除すると決めた、人形のオフィーリアの行動に揺らぎはなかった。


人形のオフィーリアは、半年かけて反対勢力をまとめ上げ、貴族院を掌握した。


そして、エドワードの卒業式の日に革命を起こしたのだ。


人形のオフィーリアの準備が完璧だった為、計画は水面下で進み、革命自体は瞬く間に実行され、滞りなく新国王が誕生した。


エドワードや学園の関係者は、革命が起きたことにすら気づかなかったほどだ。


人形のオフィーリアは、半年前に卒業試験を受けて、一足早く学園を卒業していたので、卒業パーティには参加していなかった。


「元王太子エドワードと、彼の寵愛を受けた男爵令嬢卒業パーティーで身ぐるみを剥がされる。

 理由は衣装代の未払い……と新聞に書かれているのですが、これはあなたが仕組んだのですか?」


オフィーリアが新聞を音読し、精霊王に尋ねた。


精霊王は形の良い唇を上げ、フッと笑う。


「面白そうだから、僕もからくり人形を作って騎士団長として潜入させたんだよ。

 僕にそっくりだと困るから、適当に髪の色や容姿を変えてね」


「まあ、そんなことを」


「君のからくり人形だけでは心配だったからね。

 だけど、僕の予想に反して君のからくり人形は上手くやっていたよ。

 それから、エドワードとリーナからは貴金属を回収しただけで、彼らの衣服には手を触れなかったから安心して」


「そうだったんですね」


「新聞は事実を誇張して面白おかしく書こうとするからね」


精霊王が苦笑いを浮かべる。


「君が心を捨ててしまいたいと思うほど追い詰めた奴らに、ひと泡吹かせてやりたいと思ってさ」


「まぁ」


「卒業パーティーで我が世の春を謳歌しているエドワードに、衣装とアクセサリーの未払いを伝えたときのマヌケな顔をといったら傑作だったよ。

 君にも見せてやりたかったよな」


精霊王はそう言って歯を見せて笑った。


「それはさぞ見ものだったでしょうね」


オフィーリアは口元に手を当て、くすりと笑った。


「僕のお姫様が笑えるようになって嬉しいよ」


精霊王はオフィーリアの笑顔を見て安堵したように微笑んだ。


精霊王は、怪我をして鳥の姿に戻ったところを助けてくれたオフィーリアに恋をしていた。


オフィーリアの「心など捨ててしまいたい」という願いを、彼女そっくりの人形を作り、彼女と入れ代えることで叶えた。


心のないからくり人形のオフィーリアは、周囲の望むように仕事をし、無駄を排除した。


精霊王は本物のオフィーリアを連れて、南の島に移住した。


オフィーリアが自然に笑える日まで献身的に支えたのだ。


「私が笑えるようになったのはあなたのお陰ですわ。

 精霊王様」


「ルーベルトがいい」


「えっ?」


「精霊王ではなく名前で呼んでほしい」


「人間の私が精霊王であるあなたの名を呼んでも宜しいのですか?」


「もちろんだよ。

 君に名前を呼ばれたら最高だと思っている」


「そ、それでは失礼して……ルーベルト……様」


オフィーリアがはにかみながら精霊王の名を呼ぶと、精霊王は喜色満面の笑みを浮かべた。


精霊王の恋が成就するのは、もう少し先のお話。




――終わり――



最後まで読んで下さりありがとうございます。

少しでも、面白い、続きが気になる、思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると嬉しいです。執筆の励みになります。



※こちらの作中もよろしくお願いします!

「踏み台令嬢に転生したのでもふもふ精霊と破滅フラグを壊します! 気づけば王子様ホイホイ状態なんですが!?」

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屋根部屋令嬢の師匠はイケメン幽霊!? 虐げられた令嬢の逆転劇!・完結

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心を無くして徹底した合理主義の人形(比喩)になったのかと思ったらガチの人形(物理)だった件(`・∀・´) それで国が上手く回るならありですよね~。人間同士だとくだらない足の引っ張り合いに精を出し始める…
面白い! 童話のような世界観とAIの反乱のようなSFチックな内容が不思議と調和している…。 素晴らしいお話でした!
オフィーリアの弟がな〜(・・; 5才までは両親からの優しい虐待。 5才以上は姉(複製)からの教育虐待?(´-`).。oO 何よりオフィーリアの次期国王合格基準が、ワンオペで国の運営を切り回していたオ…
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