009-流動食と詰問
オーロラに連れられて、アロイテは食堂へ向かった。
そこで彼女に用意されたのは、プレートに盛られたペースト状の食事だった。
これが上層の食事なのかと困惑するアロイテの前で、シンは丸薬のようなものを噛み砕き、何かの液体で飲み干した。
「あの....これ......」
「ああ、流動食だ。胃の内容物をオーロラがスキャンして、健康状態から最適な栄養を配合してある.....」
「た、食べてもいいんですか.....?」
「構わない」
アロイテはスプーンを雑な握り方で握り、最初に白いペーストを掬って口に入れる。
「.....おいしい.....?」
「ん? 変だな、白い部分は甘いはずなんだが、牛乳イメージで....」
「塩みたいな味じゃないですけど...美味しいです!」
アロイテは、味についてはあまり感想を持たない人間だ。
ろくに仕事がなかったアロイテは、最初は味のない硬い焼いた練り物や、家畜用の塩の塊を舐めて育った。
最近になって、ようやく三日分の稼ぎで弁当を買い、少しの贅沢は出来るようになったものの、甘味を知らないアロイテは、食事だけに金を使って、後は全て貯金に回していた。
「なんだか、果物みたいな味.....」
「.......」
シンは黙り込み、腕を組んで椅子の背にもたれ掛かった。
アロイテは続けて、茶色のペーストに手を付ける。
色的に憚られたものの、それは肉のような、魚のような味をもたらした。
彼女にとって、肉や魚は明確な御馳走である。
「美味しいです....」
「流動食にしてよかったな、そのまま食ってたら吐いてただろう」
シンは言う。
実際、その通りになっただろう。
人間、衰弱しているときに急には食べられないものだ。
脳が把握している空腹は、胃の状態と連動しているわけではない。
がっついた結果、中身を戻す可能性はあった。
「どうして、シン....様は何も食べないん.....のですか?」
「もう食ったからな」
「え?」
シンは丸薬のようなものを掌に出して見せた。
「強化人間専用、エナジーボール。これ一個があれば半日動ける」
「(ほしい.....)」
「ああ、手術を受けないと消化できないぞ? 便利なことばかりじゃ無いからな」
「あっ、ごめんなさい!」
世の中にそんなにうまい話はない。
アロイテは自分の強欲を恥じた。
「だんだん元気になって来たな」
シンは机に肘を突き、片手だけで顎を支えてアロイテを見ていた。
アロイテは充足感を得ていた。
「それで.....どれくらい食べられそうだ?」
「え.....残しても、いいの....んですか?」
シンは不思議そうな顔をする。
だが、これはシンの方が悪いと言える状況である。
食料を大切にする風潮が、シンから抜け落ちているのだから。
「ああ。食えなかった分はバイオマスに還元して再利用する――――まあ、全部ではないけどな」
シンの言う意味はアロイテには分からなかった。
けれど、目の前のこの男は、今まで会った誰よりも懐が深いのだと理解した。
「それと」
シンは顔を上げ、頭を掻いて笑ってみせた。
「敬語は使わなくていい、むず痒いんだ」
「.....わかり、ました」
「使わなくていいって言ったんだけどな.....」
「....わかった、です」
シンは困ったように、引き攣った笑いを見せるのだった。
◇
食事を終えたアロイテの前で、シンは一気に真剣な表情を見せた。
「さあ、話をしようか」
「.....!」
「場所を移す必要は無いからな、すでに人払いは済ませてある」
シンはアロイテの前で、彼女が見たこともないものを机に置く。
紫色の、金属でできた何か。
それに視線を向けたアロイテは、シンに視線を戻したときに硬直した。
その表情は、一度も見せなかった表情だ。
即ち――――半分敵意。
「お前、キネスについて何か知らないか?」
シンの問いに、アロイテは固まったのだった。
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