006-燭光に煌く、贋神の偶像
呆然とする彼女の前で、空から落ちて来た人型機体...エスクワイアのコックピット部分が開く。
「...ヒック!」
アロイテは嗚咽を漏らす。
コックピットから兵隊が出てきて、自分はその兵隊に殺されるか、酷いことをされると思ったからである。
たとえ棒切れのような女でも、粗暴な性格で嫌われる中層の警備隊員の不法淫行は珍しい話でもない。
「大丈夫か!」
だが、想像が現実になる事はなく。
コックピットから飛び出してきたのは、若い男だった。
眼帯を付けているものの、その男が危ない存在ではないと、アロイテにはすぐにわかった。
「(あの人の目...澄んでる)」
アロイテに目を向ける者は、決まってパターンのある目をする。
共感、同情、憐れみ、無関心、侮蔑、嫌悪。
けれど、その男の眼はただ黒く...澄み切っていた。
何の感情もない眼をしながらも、彼はアロイテをまっすぐ捉えていた。
「だ...誰、ですか?」
「ああ、済まない、俺は...」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 何も悪いことはしてないんです!」
アロイテは力の限り叫ぶ。
彼女は、その男が何か自分の粗相に腹を立て、罰するため降りてきたのだと思い込んでいた。
「何でもします! ごめんなさ...っ!?」
五体投地して謝罪するアロイテの頭に、すっと手が置かれる。
男はアロイテを起こすと、その顎に手を乗せて視線を合わせた。
「何があったかは知らないが...俺はシン。君に会いに来た!」
「......えっ?」
疑問を口にするアロイテだったが、その時。
後ろから轟音が響いた。
そちらを振り向いたアロイテは、バズーカを構えたザッツが着地している瞬間を見た。
『貧民どもを庇うか! テロリストがッ!』
バズーカ砲が発射され、それはシンの乗ってきた機体の手前で炸裂する。
「ひっ! ひぃっ!」
「ここは危険だ....立てるか?」
「は、はい!」
逆らってはいけない。
そう思ったアロイテは、シンに従いコックピットの中へと入る。
意外と広いコックピットの中で、アロイテにとっては何もかもが物珍しかった。
コックピットの入り口が閉まり、先程までただの壁の様に見えていた部分が周囲の天球モニターと同化する。
「...」
「この中は安全だ。その辺で座っていてくれ」
「...はい」
アロイテは落ち着かない様子で、腰を下ろした。
どう考えても仕立てのいいコックピットを汚している様で、憚られたからだ。
シンが乗る機体は、再び立ち上がる。
モニターの表示を読んでいたアロイテは、思わずそれを口にする。
「...KTR-000、KETER...?」
「読めるのか!?」
「ひぃっ、ごめんなさい!」
「いや...すまない」
シンは反省している様子だったが、アロイテは恐怖からそれを見ていなかった。
「英語を知っているとはな...」
「ごめんなさい、捨ててあった本で勉強しました、私なんかが...」
「ちょっと待ってくれ、アザミ! 下手に発砲できない、頼んだ!」
その時。
アロイテは、空を映すモニターに別の表示が現れたのを見た。
『ASTRANTIA』と表記されたそれは、KETERを取り囲む敵をものすごい速度で飛び回りながら、次々と墜としていく。
「アスト、ランティア...?」
「やはり、読めるか。日本語じゃないマイナー言語とはいえ、よく学んだな」
シンはそう言いながら、機体ごと上昇する。
眼下に燃え盛る街が広がっていて、その痛ましい光景にアロイテは沈黙する。
悔しい、しかし自分に何ができた?
アロイテはじぶんが、慣れない感情に支配されている事を自覚していなかった。
死んだはずの感傷が、幻肢痛の様に胸の内で疼くのだ。
「家族はいるか? 生きていればの話だが、一応救助する」
「...お母さんもお父さんもいません、一歳の時に、急にいなくなって...」
アロイテにとって、それは何の感情もない記憶だった。
両親はアロイテに愛を注いだわけではなかったからだ。
貧民街の家庭には余裕がない。
愛を注ぐ余裕すら、ない家もあるのだ。
「わかった。アザ...ウルフ、このまま離脱する!」
『了解! 私はアバラッツの追撃に移ります!』
アストランティアと呼ばれた機体は、上昇するKETERの援護をしつつ、的確に軍を撃破していた。
「...」
アロイテは震えていた。
ただただ恐ろしかった。
自分たちがなす術もなかった政府の軍を打ち倒す戦力を持つ存在。
それは即ち、自分たちが行った事もない、空の向こうにある連邦という国の、別の勢力なのだ。
逆らえば、貧民街ごと潰される......そう感じたアロイテは、ただひたすらに口を噤むのだった。
KETERは雲を突き抜け、そのまま大気圏を突破する。
アロイテには分からなかったが、KETERの六対の翼は重力操作板である。
そのため、推進器を必要とせずに大気圏を抜ける事が出来るのであった。
「君を俺の船に招待したい、いいか?」
「? ......はいっ!」
アロイテは一瞬、呆然とした。
言葉が分からなかったわけではない。今まで、選択を委ねられたことがなかったからだ。
貧民街の住民、しかも誰よりも弱そうなアロイテに対して、選択肢を与える事などクロファートでは有り得ない事だ。
生まれて初めてのその問いに、アロイテは強く頷くのだった。
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