029-手にした渾名はあの日手を伸ばした星の如くか
夜。
アロイテはシンに呼ばれ、アバターの長い廊下を歩いていた。
装甲面に接して作られた回廊からは、宇宙が見えている。
そして、クロファートⅠ....つまりはクロファートプライムが見えている。
アバターは現在、クロファートプライムの軌道上ギリギリを航行している。
あまり近づきすぎると軍事行動ととられるからだ。
「(人が居ない.....)」
アロイテはさっきから気付いていたのだが、アバターの艦内には人間がいない。
勿論、獣人もいない。
聞こえるのは話し声や息遣いではなく、冷たく機械的な空調の音だけであり、時折轟音がどこからか響いてくるだけである。
『どうかされましたか?』
「い....いえ、誰もいないなと思って」
『この艦は完全な私の制御下にあります。乗員は全員で八名です』
「そうなんですね....」
上層を丸々押し潰せるような艦が、たった八名で動かされている。
それに驚くアロイテだが、今更驚くことでもないのである。
オーロラはふと思った。
『(数万規模の艦隊を無人で動かすことを知れば気絶しそうですね)』
その時、壁面のレールに沿って足場が走ってくる。
輸送用の高速輸送リフトだ。
『乗りなさい、徒歩で移動するよりは速いはずです』
「......はい!」
リフトに乗って、アロイテは左舷部のデッキにあるサロンへ向かう。
そこで、シンは待っていた。
彼が制服ではないことで、プライベートの時間なのだとアロイテは察する。
「どうだ、ここでの暮らしは?」
「......慣れない事も多くて、でも幸せです」
「そうだな、惑星表面と違って不自由は多いだろうな....」
シンは瞑目する。
金属製のフレームといくつもの装甲板を隔てた先は、冷たく冷えた宇宙である。
二人が今いる巨大なサロンから見えている宇宙も、見ようによっては生者を拒む死の領域である。
「だが、本来なら宇宙には重力が無い、水の中みたいなものだから......イナーシャルコントローラーがなければ、もっと不便だけどな」
「そうなの......ですか」
「ああ」
自分の知らない世界がまだまだある。
アロイテはそんな感情を抱き、茶を飲む。
緑色のお茶は、間接照明の柔らかな光を反射していた。
「実を言うと、ここに来てすぐの頃は、周囲は全部敵だった」
「えっ!?」
「とある人の為に、俺は敵を全部滅ぼした。......だけどな、最後に残ったのは....いや、すまない。君にする話ではない、ああくそ....」
シンは一口茶を飲む。
その間、アロイテは次どう反応を返すか考えていた。
そして唐突に、質問を思い出した。
「あの......ネムさんたちとは、どういう関係なんですか?」
「夫婦だが?」
「そうじゃなくて....その、どうやって出会ったとか....」
シンは暫く硬直する。
それはまるで、途轍もない些事を思い出しているような。
そして、思い出したかのように瞳孔が開く。
「二人はイルエジータ.....この連邦の旧首都があった場所で拾った。立場は違えど、君と同じようなものだな」
「同じ......」
アロイテは呟く。
「ルルシアとネムリー。....俺はルル、ネムと呼んでいたな」
「そのっ!」
同じなら、少しは欲張ってもいいのだろうか?
そう考えたアロイテは、声を出した。
シンの黒目が少し上を向き、アロイテの視線と絡み合う。
「私は........家族が居なくて.....その、プライベートの時だけでいいんです、ルルシア様やネム様みたいに....接してくださいませんか?」
「そんなことでいいのか?」
シンは意外だ、といった風な顔をした。
しかし、ぎゅっと目を瞑るアロイテを見て、再び自らのなすべきことを自覚した。
席をゆっくりと立ち上がり、歩き出す。
床を靴の裏が叩き、軽く響く音を立てた。
「ふぎゅ」
「雇用関係だけの関係かと思っていたのだが、君にも欲があったとは思わなかった」
アロイテの頭を撫で潰し、シンは笑う。
半目でそれを見たアロイテは、背筋に冷たい手が這い登るような気分を覚えた。
幾度と見てきた人の笑いで、シンの笑顔が一番怖かった。
「何を求めているのか分からない奴が身内にいるのは怖いが、家族の情を求めていたとは思わなかったな」
まるで、悪魔に魂を売ったような気分である。
アロイテは、シンがまともな人間ではないのだと、その片りんを少しばかり感じ取った。
「君をアロと呼ぶよ」
「は.....はい」
世界一嬉しくない方法で、アロイテは家族と愛称を手にしたのであった。
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