028-小さく大きい一歩
18時頃。
シンはオーロラの設定したスケジュールに従って席を立ち、食事の為に下階に降りる。
「今日は上級食堂なのか」
彼は呟く。
広い食堂で何も気にせずに飯を食うのが彼の趣味であるため、あまり個人スペースの確保された場所は好きではないのである。
しかし、オーロラの指示であれば何か意味があるのだろうと考え、そちらに足を運ぶ。
『お待ちしておりました』
「ああ」
シンは食堂へ入る。
そして、席へと座った。
「今日は何か祝い事の日だったか?」
『そういうわけではありませんが....』
「なら、どうしてここへ呼ぶ必要がある?」
『こういうことですよ、アロイテ』
「.....はい」
ワゴンに料理を乗せたアロイテが、厨房に続く暖簾を潜って現れる。
ワゴンの上には豪勢な料理ではなく、軽めかつ種類の多い料理が並んでいる。
シンはそれを少し見てから、続けてアロイテを見る。
その眼に迷いや悪意が無い事を彼は読み取れないが、真っすぐな視線が動かない事から、彼はするべきことを弁えた。
「頂こう、メニューは?」
「サンドイッチとコーンポタージュ、季節のサラダとイルエジータ梨のゼリーです」
「少し重いな、まあ夕食だから構わない」
シンは並べられた皿を前にして、そう呟いてから食べ始める。
そしてすぐに、気付く。
「アロイテの手作りだな」
「は....はいっ!」
「懐かしい味だ」
シンは呟く。
彼が誰かのために料理をする事はあっても、自分のために作られた料理を最後に口にしたのは二十年以上前の事である。
「座っていい」
「はい!」
シンはサンドイッチを齧り、咀嚼しては飲み込む。
それを繰り返し、皿の上からサンドイッチがなくなるのを、アロイテはただ座って見ていた。
シンは変わった食べ方をする。
コーンポタージュを飲み干した後、すぐにサラダへ移る。
「オーロラ、何を使ってるんだ?」
『ラケシス星系のトマトと、シエラ星系の山菜各種、ハク星系のレタス、ユグドラシル星系のキャベツ、セレステラ星系の農業コロニーで栽培されているブロッコリーが入っております、ドレッシングは....』
「ああ、ドレッシングはいい。いつものやつだろう」
『はい』
シンはサラダにも手をつけ、そしてそこまでの時間をかけずに食べ終わる。
それを観察していたアロイテは、シンの所作に驚きを感じる。
てっきり大組織の主で、獣人の救世主だというこの男は上層民のように優雅に食べるかと思えば、庶民的で.....数度訪れた酒場で、獣人たちが比較的丁寧に食うようなしぐさだった。
「あの.....御主人様は....」
「何だ?」
「いえ、格式ばった食べ方をされないのですね、と」
失礼な発言である事は、アロイテも分かっていた。
だがシンは、何でもない事かのように言った。
「俺に王や貴族の風格を期待するなよ、こっちは流れでこんな役職やってるんだからな」
「......」
やはり自分は間違っていなかった、とアロイテは確信する。
目の前で、高級品の梨を丸々口に運ぶ人間は、上層の人間とは違うのだと。
「.......言っておくが、俺に期待だけはするな。それは損しか生まない、誰にどんな期待をされようと、俺は――――それを裏切る」
だが、シンは釘を刺すのを忘れない。
彼は、彼の過去は。
それほどに軽くないものだ。
彼にとって期待は呪縛であり、憧れは忌避すべきものでもある。
「.......?」
「ちょっと難しかったな、悪い」
シンはふと気づき、帽子を脱いで机に置く。
アロイテがそちらに目をやると、帽子はそこそこ古いものに見えた。
鍔部分は帽子の古さと一致しておらず、一度交換されたもののようにも見え、印章は細かなひびが入っている。
何かがあったのだと、彼女は察し、続き口を閉じたのであった。
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