025-従者に測れぬ主の考え
数日後。
軽装に着替えたアロイテは、アバター内部にある運動場に存在するリングの上に立っていた。
向かい合って立つのは、ノルンであった。
かねてより計画されていた、アロイテの対人教練が今、実行されようとしているのであった。
「よろしくお願いします!」
「ええ」
既に基礎運動を終えているアロイテは、火照った肌が空調の冷房で冷やされていくのを感じながら、知識にある方法でノルンに襲いかかった。
最初はルール無用の無制限マッチという約束だからである。
だが...
「ふっ! やあっ!!」
飄々と攻撃をかわすノルン。
狭いリングの中でも、アロイテの攻撃に当たる気はないといった風である。
アロイテはそれでも制限時間たっぷりと攻撃を加え続け...
「終わりですね」
「がはっ!?」
ラウンドの終わりに、脇腹に回し蹴りを喰らって吹っ飛んだ。
ノルンはアロイテの軽い体がリングに叩きつけられる前に回り込み、抱き留めた。
制限時間がゼロを迎え、とりあえず初戦はアロイテの敗北で終わった。
「なんで...?」
「まず、体に合った技を使おうとした判断は良い点です」
ノルンはアドバイスを求めるアロイテに、そう言った。
続けて、
「ですが、やはり動線が読みやす過ぎます。今からそれを教えますね」
と言った。
対人同士の戦いでは、相手に如何に情報を読ませないかが何より重要になる。
無論、相手に決定打を負わせるのであれば、一定上の技量は必要だが――――
「銃器を使わない戦闘において、人間は五感を活用して戦います」
視覚で相手の体や視線の動きを捉え。
聴覚で僅かな微音から攻撃や風を切る音を察知し。
嗅覚で相手の精神状態を察し。
味覚は唯一何の役にも立たないが、触覚は非常に重要であった。
「獣人は特に、種族的な差もありますが聴覚と嗅覚に優れます。獣人の隠密が非常に優秀なのは、ひとえにスペックの高さから来るものなのですよ」
耳が非常に良い同族に気取られることなく偵察や暗殺を実行するために、それは必要不可欠なものであるのだ。
「あなたにならできる筈です、なるべく相手に自分の情報を与えずに動いてみるのです」
それは困難ではないが、人間には難しい話だろう。
視線をバラけさせ。
僅かな音も漏らさず。
激情を出さず。
そんな事は、一朝一夕で出来るものではない。
無論――――その一朝一夕を最新技術でスッ飛ばしているアロイテであれば――――
多少なりとも、その動きを理解できる。
『中々いい動きをするな』
『ええ、教え甲斐があります』
ノルンとシンは通信で会話し合っていた。
アロイテの以前身につけていた簡単な護身術は、元はといえばラウルとクレイの動き方を自然にまねたものだ。
獣人の驚異的な身体能力を、人類が模倣するのは困難であるからして、彼女には”楽に力を出す”ためのノウハウが備わっていた。
『これなら、近いうちに成人の獣人....素人程度であれば圧倒できるかと』
『凄いものだな』
『プロにはさすがに勝てないですけれどね』
ノルンは一応アンドロイドであるため、その気になれば獣人の暗殺部隊だろうと素手で殲滅できる。
だが、アロイテはまだそうではない。
強化手術は受けていないし、肉体は人類ベースである事には変わりない。
『(本当に不思議な人ですね)』
護衛を育成するのであれば、もっと最適な人材を使えばいい。
誰かを助けたり、救ったりすることに理由付けをする主に、ノルンはそんな感想を抱くのであった。
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