002-栄えあるクロファート
Noa-Tun連邦が大宇宙を制覇し、国内の安定化が終了して十年が経った。
だが、安定化は腐敗を招き、腐敗は格差を生んだ。
Noa-Tun連邦クロファート星系第1番惑星、クロファートⅠ。
その都市では、他の星系から揶揄されるような腐敗が横行していた。
かつてこの都市を見て回った写真家は言った。
『ここでは、金さえあれば何でも買うことができる。だが逆に、金のない人間は...自らが人間であるという権利すら買うことができないのだ』
と。
都市は裕福な者たちの上層、中流階級が住まう中層に分けられ、下層という名の未整理区画には、不法移民が住み着き、貧民街...スラムを形成していた。
当然治安は悪く、トップが腐った他の低治安都市と似たように、麻薬や違法物品の横流し等、多くの治安維持の障害となっていた。
そんな貧民街...住民の間では『バルク街』と呼ばれる区画を、一人の少女が歩いていた。
痩せこけた少女は、一見すると少年のように見えた。
その目つきは虚ろで、将来に何一つ希望を抱いていないように見えた。
だが、ここでは当然のことだ。
いかに才能ややる気があろうと、貧民街出身であるというだけで手のひらを返される。
クロファートでは、金持ちの子は金持ちに、貧乏人の子は貧乏人になる。
逆は起こり得ないのだ。
少女は注意深く周囲を警戒しながら、ボロボロの建物が並ぶ一角で立ち止まる。
「お、アロイテ! 今日も御入用と見えるな...6時間でいいか?」
「...はい」
少女...アロイテは、手のひらに握りしめていた硬貨をカウンターに置いた。
銅貨1枚。
Noa-Tun内の通貨であるNLC(Nothern-Lights-Credits)に換算して、丁度100と言ったところである。
「はいよ」
アロイテは、対価を支払い、小さな箱のようなものを手に入れる。
それは、使い捨てのエネルギーパックである。
何に使うかは、これから知ることになるだろう。
『バルク街』は、貧民街南部区画の中央に位置する小さな市場だ。
アロイテはポケットから銅貨を取り出して、また別の店に寄る。
そこでは、妙齢の女性が店番をしていた。
「アロイテちゃんじゃないか、最近見なかったねぇ...どうしたんだい」
「お仕事を...変えたので...」
「そうかい、中層で働くのは大変だろう...仕方ないね、ちょっとオマケしてあげよう」
アロイテはそこで、弁当を買う。
店番の女性の厚意で、弁当にはスープが付いている。
保温かつ湿度を一定に保つ完全保存容器だが、科学技術の発展した連邦においては、貧民でも使い捨てにできる程度には普及したものである。
「襲われないように気をつけるんだよ!」
「はい...」
アロイテは一気に増えた荷物を抱えて、貧民街を移動する。
だが。
「おおっと!」
突然ぶつかられ、突き飛ばされるような形で地面に転がる。
何が起きたのかと、前を見れば...
「へっ、いいモン持ってんじゃねーか」
「ありがとよー」
「...」
金髪かつ豹のような特徴を持った少年と、茶髪の長い獣耳を持った少年...それぞれ、ラウルとクレイが、アロイテから弁当箱を奪ったのだ。
返してと言っても無駄だとわかっているからこそ、アロイテは黙り込む。
「聞いたぜ、また仕事クビになったんだってなー?」
「そんなガリガリの体で何が出来んだよ」
「...うる、さい」
アロイテは必死に言い返したものの、返ってきたのは言葉ではなく蹴りだった。
軽い体が地面に薙ぎ倒され、アロイテは肺の空気を吐き出させられる。
咳き込むアロイテに、ラウルは言った。
「今度は荷運びかよ! なっさけねぇ。そんな身体だから、仕事も限られるんだろうけどな!」
「俺たちは、お前みたいな貧弱なやつと違って身体があるからな、用心棒から暗殺まで何でも仕事があるんだぜ?」
どうだ、羨ましいだろうと言わんばかりに二人はアロイテを嘲笑する。
だが、事実であった。
アロイテは獣人ではない。
人間なのだ。
人間は獣人に大きく劣る上、連邦では人間の方が希少種族なのだ。
「おい、何とか言えよ」
「ちっ、つまんねえ」
クレイは道に落ちていたスープの筒を持ち上げると、蓋を開けて中身をアロイテに掛けた。
熱い液体が、アロイテの肌を焼く。
それでもアロイテは、俯いたまま何も言わなかった。
二人は無反応なアロイテに嫌気がさしたのか、つまらなさそうにその場を立ち去る。
アロイテは空っぽになった筒を見つつ、自分の家に戻るのだった。
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