016-『アロイテ・ラーレン』
数日後。
アロイテのもとに、シンがやってきた。
3回のノックの後に入ってきたシンに、ぼーっとしていたアロイテの意識は一気に覚醒する。
「ごっ、御主人様、お帰りなさいませ!」
「ああ、畏まらなくていい。今日は非番だ」
佇まいを直すアロイテを前に、シンはタブレット端末を壁から取り出した。
それに表示されたものを見て、アロイテは驚いた。
「それ...身分証...?!」
「アロイテ・ラーレン。シエラⅢ生まれ、両親は死去...まあ、こんな所か」
「ど、どうして...」
「全ての機械はオーロラが管理している。少し時間はかかったが、戸籍を作ることなんて容易だ」
改めて、シンの凄さを知ったアロイテであった。
だが、同時に目を伏せる。
支払える対価を持っていないということに気づいたからだ。
「ああ、対価は気にするな。前も言っただろう、執事として働く事で、それが対価になる」
「...はい」
「さて」
シンが話を変える。
その途端、扉を開けてノルンが入ってくる。
ノルンは片手で椅子を持っており、シンは置かれた椅子に腰掛ける。
「悪いな」
「...では」
ノルンは椅子を置くと去っていった。
椅子は一つだが、もともとアロイテの私室には一つ椅子がある。
彼女は再びそちらに腰掛け、シンの話に耳を傾けた。
「君はこれから、アロイテ・シュバクではなくアロイテ・ラーレンとして生きることになる。だから、もう貧民街に行くことはできない...いや、可能だが...君の身分は貧民街出身ではなく、“中層”出身となるからだ」
「はい...」
未練はない。
彼女にとって、貧民街出身という肩書きは、自分の未来を制限する要素でしかないのだから。
だからこそ、シンがこの文脈で何を口にするのか不思議だった。
「最後に、貧民街に行くチャンスがあると言ったらどうする?」
「そ、それはっ...」
「世話になった人たちにくらいは挨拶をして去るといい」
アロイテの脳内に、そう多くない人たちの顔が浮かぶ。
貧民街といっても、誰もが冷たいわけではない事を知っている。
「それに、近いうちにその外見も変えることになる。...整形するわけじゃない、傷んだ髪や肌をケアして相応しい姿に変えるだけだ。そうなったら、君を認識してくれるかも怪しいだろう、さあ、どうする?」
シンの提案に、アロイテはしばし悩む。
当然だ、失望されたりするのが怖いからだ。
それに...
「貧民街は危ない場所で...その、私に護衛とか、付けてくれないのですか?」
「ゲブラーとケセドを同行させる。少し目立つが、確実に君を守れる」
それまでシンの言葉にほとんど間違いはなかった。
アロイテはそれを信じ、頷く事を決めた。
「...行きます、貧民街に」
「わかった」
シンは頷いた。
そして、
「では、明後日に出発する。準備を整えてくれ」
「はいっ!」
彼女は目を輝かせて、頷いた。
何のかんの言いつつ、彼女もまた望んでいたことだったのだ。
そして、二日後。
彼女はシンに与えてもらった安っぽい服に身を包み、旗艦アバターの格納庫に立っていた。
「このシャトルは君が乗っている時だけ動く。ブザーが鳴ったら降りろ、再び乗れば、30秒後に発進する。何か危険なことがあればゲブラーとケセドは置いていけ、自動帰還で戻って来れる」
「はいっ」
格納庫には小型シャトルが置かれており、船底部からタラップが降りていた。
タラップを登ったアロイテは、不安を感じつつもシンを見た。
シンは彼女の視線に気づくと、グッドサインを送った。
その意味を知ったアロイテは、収納されるタラップを見ても不安にはならなかった。
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