表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/30

011-始まる修行、踝を撫ぜる劣等感

一週間後。

アロイテの修行が始まった。

まずは体力をつけるという事で、快適な生活を送っていたアロイテ。

ようやく固形物を問題なく消化できるようになった辺りで、彼女の方から修行をしたいと言い出したのだ。

教え役はノルンである。


「私は普段からシン様をサポートしておりますが、執事はまた別のお仕事になります」

「....はいっ」

「まず、一般的には執事の仕事は使用人の統率ですけれど、シン様はあまり多くの人間を必要とせずに自活するお方です」

「...じゃあ、私は何をすれば....?」

「食料品などの買い付けや、アルコール類の管理。来客の接待やパーティーの準備に始まり、屋敷内の軽い警護や、シン様のお話相手等ですね」

「......意外と、少ない?」

「大抵の家事や料理などはオーロラ様が行いますから。勿論、やりたいというのであれば、軽食を作れるようになってもらいますが」


アロイテが執事になるのならば、ノルンはメイドに近い役割を持つ。

執事・メイド長を管轄するのはオーロラなので、アロイテの役割はノルンと被らないようになっている。


『このクロファートでは、主に貨幣が使われています。そのため、財政管理はどうしてもノルン様に頼る形になっています。ここでアロイテ様に財政管理に参加してもらえば、ノルン様の負担が減りますね』

「....がんばる....頑張ります!」


アロイテは強く頷く。

だが、それは彼女にとってかなり厳しい事であった。

それを知るのは、いざ練習という時になってからだった。


「ご....ご主人様?」

「もう少し柔らかい言い方でも大丈夫ですよ」

「ご主人様!」

「いい感じです、次は――――」


アロイテは元々貧民生まれで、仕事上必要な丁寧語は不完全ながら話せるものの、謙譲語、尊敬語との区別が付いていない状態であった。

ノルンは彼女に、丁寧且つ慎重に言葉を教える事にした。


『ナイフとフォークはこう持つんですよ、こう!』

「こ、こう....?」

『合っています、もう少し傾けると綺麗に切れますよ』

「はいっ」


昼食の時間になれば、今まで食べていたペースト状の食事ではなく、パンと肉、たまに魚の食事が供される。

それを、アロイテはナイフとフォークをぎこちなく使って食べる。

今までは食器といえば、弁当屋がくれた楊枝を洗って使い回すくらいで、純銀製の食器など使ったことがなかった。


「(やっぱり、私には...)」


不釣り合いな世界。

そう思ったアロイテだったが、オーロラはノルンと同じ言葉を口にした。


『ゆっくり慣れていきましょう』

「...はい」


ここでは、自分はまるで宝石のように扱われると、アロイテは感じた。

宝石のように扱われる事には慣れていない。

彼女は元々、ヘドロ川の底に溜まった無数の小さな石ころの一つのようなものだったのだ。

金剛石のように磨かれ、大切に扱われる経験などない。

だが、それ故に。


「(頑張れ私、甘えちゃいけない)」


アロイテは、それに甘えてはいけないと思い直す。

彼女の精神は、子供と大人が同居しているような状態になっているものの、子供の部分の方がまだ大きい。

大人の部分は諦観を抱き、子供の部分は夢を見る。

そういう状態なのだ。


「...すごく、美味しかったです」

『出来合いでしたが、そう言ってもらえるとバイオマスの元も喜びます』


オーロラが作る食料品は全て、生体組織から作られるバイオマスを変換して製造されている。

そのため、味も質も、データと全く同じになるのだ。

味にうるさい者は食べるのをやめてしまうので、オーロラは少しだけ嬉しかった。

アロイテの方は、料理もさることながらそれ以外にも感動していた。

異物が混じらず、信じられないほど柔らかく、香ばしい焼きたてのパン。

過剰に使われているカルキの臭いがせず、ゴミの浮かない水。

科学が発展した世界の貧民街ですら、基本的に主食や水であってもこれなのだ。

彼女にとっては、この一週間で食べた食事は、今までの食事を覆すものだった。

一宿一飯の恩は、命を救われただとか、そういう恩に比べれば弱い。

けれども、飯の恨みは末代まで続くと言う。

弱いが、何より重い恩なのだ。

その恩に応えるべく、アロイテは修行を続けるのだった。


↓小説家になろう 勝手にランキング投票お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ