010-人智を越えし、神の力
「キネ、ツ?」
アロイテはその単語に聞き覚えが全くなかった。
だが、シンはその敵意のある表情を崩さない。
「あ......」
アロイテは恐怖する。
嫌悪や憎悪、侮蔑を向けられたことはあった。
中でも敵意は――――ラウルとクレイが向けてきたものに似ているからだ。
「ひっ.....」
「知っているんだな、そうだろう!?」
「た、たすけ.....」
アロイテは恐怖した。
身体中の穴という穴から液体がにじみ出るようだった。
事実、彼女は失禁していた。
『シン様、キネス変動値に異常なしです。恐らく未覚醒者かと』
「....そうか」
シンの表情が一気に和らぐ。
そして彼は、恐怖に硬直するアロイテの頭を優しく撫でた。
「....え」
「悪かった、お前が悪意を持ってキネスを使っていれば、この場で無力化する必要があったんだが....」
「すみません、キネス、わかりません!」
アロイテはバッと立ち上がり、全力で頭を下げた。
知らない事で詰められ、怒られそうになった。
それは自分が無知なのが悪いから起きたことだと思ったのだ。
「悪かった.....」
『逸りすぎですよ、シン司令官』
「キネスとは、人知を超えた力だ。望んで手に入れることもあれば、最初から持っていて覚醒することもある。君の場合は後者のようだ」
「でも....私には、そんな力なんて」
アロイテは信じられなかった。
この人を信じる気にはなったけれど、あまりにも荒唐無稽な話だったからだ。
シンは先ほど出した紫の金属塊を指差して見せる。
「この装置はキネストラッカーと言って、キネス能力者に反応する。登録したキネス能力者で無い反応を捉えたからこそ、俺は君を迎えに来た」
「私を.....どうするつもりで、すか?」
「危険な存在ではないと分かった。もう解放してもいいが――――これは個人的な話なんだが、貧民街は燃えていたような気がするな」
「――――ッ!」
何か言われる気がして、アロイテは覚悟を決めた。
「帰る家はあるのか? あの感じだと、家も燃えてるだろう?」
「....は、はい」
それが何なのだろうと思った時、シンはアロイテに手を差し伸べた。
「俺のところで働かないか?」
「....えっ?」
アロイテの人生は、今までずっと暗い闇の中を歩くようだった。
上も下も分からず、あるのは理不尽に進路に転がる暴力だけ。
手を差し伸べる者もおらず、アロイテを見る者もいない。
あらゆる人間が、アロイテの立場と出身だけを見て、その全てを判断した。
侮蔑した。
人は弱い。
その中でも弱い人間は、自分より下の立場の者を見て嗤う以外に、精神を保つ方法が無いのだ。
そんな深い深い闇。
その中で、アロイテに手を差し伸べた人間は、人生で二人しかいない。
一人は最悪だった。
しかし、次は?
次は悪くないかもしれない。
「......でも、私は何も出来なくて....」
「残念ながら、俺は君の望む悪人にはなれないな。人を使えるか使えないかで判断するほど狭量でもないし.......うーん、オーロラ?」
『では、住み込み且つ勉強しながらお仕えする形にするのはどうですか?』
「そうなると.....メイドか執事か?」
『力仕事は厳しいかと、それにそれは私かノルンにお任せください』
「じゃあ執事だな、執事待遇で雇おう」
雑だ。
しかし、だからこそ信用できるように思えた。
アロイテの前で、こんな風に話すような人間が、誰かを騙せるはずは無い。
少なくとも今は。
幾ら都合のいい真実だったとしても、それを信じたいとアロイテは思った。
「しつじ....はよくわかりませんけど、雇っていただけるならがんばります!」
こうして、アロイテは。
貧民街の痩せこけた少女から一転、立派な執事を目指すために励むことになるのであった。
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