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システムが降りてくる

夏の日、平城京。


タクシーが勢いよく走り去り、路面の雨水を跳ね上げた。車内の交通ラジオでは天気予報が流れている。

「例年通り、今年の夏も激しい雨を伴ってやってきました……」


柳下纨扇りゅうか かんせんは素早く後ろに扇を引き、タクシーの水しぶきを避けると、信号待ちで混雑する人混みを一瞥し、眉をひそめた。そして、そっと路地へと入っていく。


江南風の灰白色の低い壁の家々。その脇に誰かが植えた茉莉花ジャスミンの列があり、今にも咲きそうな蕾からは、幽玄で神秘的な香りが漂っていた。


柳下纨扇は外出時に天気を確認する習慣があるのに、今日に限って見落としてしまった。まさか雨に降られるとは。


彼女の胸には、何ヶ月もかけて作り上げた団扇が抱えられていた。大事に抱えて雨から守ろうとしたが、それでも少し濡れてしまった。


しかし、漂う茉莉花の香りに誘われ、つい足を緩めてしまう。だが、雨が次第に強くなり、ようやく我に返って急ぎ足になる。


ところが――頭上に落ちてくるはずの雨が、突然止まった。


彼女は驚き、ゆっくりと顔を上げる。すると、右後方から一本の素朴な和傘が傾けられ、自分の上に差し出されているのが見えた。


この竹製の柄と細工の技術を見た瞬間、柳下纨扇の胸に嫌な予感がよぎる。


傘の柄の端には、はっきりと**「観霖閣かんりんかく」**の三文字が刻まれていた。


柳下家りゅうかけの扇と司空家しくうけの傘――

八百年の間、争いの歴史が続いている。


かつて司空家のご先祖が、柳下家のご先祖を陥れ、命を奪ったことが発端である。代々続く怨恨は、今もなお絶えることはなかった。


そして、この世代――柳下纨扇と司空鹤宵しくう かくしょうの間にも、その掟は受け継がれている。


「……まさか」


柳下纨扇は心臓が一瞬強く締め付けられ、ある名を思い浮かべた。しかし、すぐにその可能性を否定する。


これは、ただの観光客が観霖閣で買った傘かもしれない。


だが――その希望は、次の瞬間、完全に打ち砕かれた。


傘を差し出した人物が、一歩前へ進み、柳下纨扇の隣に並ぶ。


ライトグレーのカジュアルなスーツ。


柳下纨扇はほんの少し顔を上げる。視線は自然と傘の縁の下へ向かい――そこに見えたのは、司空鹤宵の顎の先端だった。


――間違いない。


幼い頃から家が向かい合わせに建っており、顔を合わせる機会は山ほどあった。この身長、この服装、この雰囲気。


これが司空鹤宵でなければ、誰だというのか。


だが、傘の大きさは直径わずか八十センチ。


柳下纨扇ひとりが収まるのがやっとであり、隣にいる司空鹤宵は、完全に雨の中に立っていた。


微かに顔を上げると、彼の顎から滑り落ちる雨粒がはっきりと見えた。


雨水は直線的に胸元へと落ちるものもあれば、顎を伝い、喉仏へと曲がりくねって流れていくものもある。


柳下纨扇は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


雨の湿気と混じった茉莉花の香りが、頭を冴えさせるどころか、むしろ意識をぼんやりとさせる。


しかし、幸いだったのは、傘の影が彼女の目線を隠してくれたこと。


傘の外にいる司空鹤宵には、彼女の視線の揺らぎは見えていないはずだ。


柳下纨扇は目を伏せ、何事もなかったように、懐の団扇を握りしめ、足早にその場を去ろうとした。


だが、司空鹤宵はついてくる。


しかも、何とも余計なことを口にした。


「雨の日に、傘を持ってこなかったのか?」


柳下纨扇は答えず、歩く速度をさらに上げる。


彼女が速くなればなるほど、彼もまた歩幅を合わせてくる。


ついに――柳下纨扇の忍耐が限界に達した。


「……っ!」


彼女はピタリと立ち止まり、くるりと振り返った。


その瞬間、司空鹤宵の歩調も崩れる。


危うくぶつかりそうになったが、彼の運動神経は抜群だった。


「っ……!」


反射的に両手を広げ、柳下纨扇と接触しないように体勢を整える。


しかし、そのせいで手に持っていた和傘が地面に落ちた。


傾斜のある石畳を、コロコロと転がっていく。


柳下纨扇は司空鹤宵を睨みつけ、言葉を発しようとした。


だが、その瞬間――


二人の視線が、真正面でぶつかる。


ーー(中略)ーー


「……この男の目……」


司空鹤宵の睫毛には雨粒が宿り、微かに震えている。


その下の瞳は、まるで夏のプールのように澄み切っていた。


そして、その静寂を破ったのは――


「叮——」


頭の中に、機械的な音が響いた。


『柳下纨扇様、ようこそ「情誼修復システム」へ。』


柳下纨扇:「??? 何のシステム?」


『司空鹤宵があなたに傘を差し出したことで、システムが作動しました。あなたは、柳下家の未来を守るため、このシステムの指示に従い、

八百年にわたる両家の因縁を修復しなければなりません。』

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