シスター、バンドにハマる
突然鳴り響いた爆音で俺の睡眠はいきなり破壊された。
鳴り響く弦の音におもわずひえっという声を出しそうになった。
俺の平穏はこいつがいる限り存在しないのか?
いきなり鳴り響いた音の正体はいうまでもなくいつもの女の所業である。
「待ってください、これには深いわけがあるんです」
深いわけがあっても、アパートで楽器なんてもっての外なのである。
だが常識が通用しない相手を頭ごなしに否定するのは逆効果である。
俺は深呼吸をしてから相手の話を聞く体制に頭の中をスイッチした。
「で、今回は何を思ってそんな事を初めたんだ?」
「Xをやっていたらこんな事を言ってる人がいたんですよ」
そう言うと彼女は光り輝く最新式のスマホの画面を俺に見せた。
「……なになに、音楽には世界を救う力があり……」
クソでかため息を付きそうになった俺だったがかろうじて耐えた。
正直俺は音楽の力とかそういうのは信じていない。
オカルトの類は基本全部信じていないが、例外が目の前にいるので
全てを否定するわけではないのだが……。
「いいかよく聞け、音楽には人を救う力があるかもしれん」
「うんうん、ですよね!」
「だがそれは音楽が上手いやつだけの話だ!」
「はい、じゃあ一生懸命練習しないとですね!」
「お前には無理だ!」
いきなりギターが目の前に飛んできた。
俺はかろうじてそれをキャッチし受け止める。
あーいきなりなんてことしやがるこの女、ふっつうに手が痛え。
「やめろ、家が壊れたら弁償しないといけないんだぞ、物を投げるな!」
「貴方がひどいことをいうから悪いんじゃないですか! 失礼にもほどがありますわ」
「言うてお前絶望的に音痴じゃないか」
「失礼ですね、こう見えても私、よく声が綺麗だといわれますのよ!」
「ああ声はキレイだ、だが絶望的に音感が終わってる!」
今度は食器が飛んできた。
受けきれずに顔面に直撃して畳の上に落ちた。
「暴力反対! 暴力反対!」
「貴方が失礼なことをいうからです!」
てかこいつお金ないくせに一体こんなギターどこから拾ってきたんだ?
大事なことに今気がついたわ
「どこから盗ってきたんだこのギター、ちゃんと持ち主のところに返しておけよ」
「もうさっきから本当に失礼ですわね、そのギターはとある場所に落ちていたので
もったいないと思い、拾ってきたのです」
「ゴミ捨て場からゴミを拾ってくるな!」
と、ふと彼女を見ると軽く泣きかかってる。
まずい言い過ぎたか……。
「うーん、まぁとりあえずそんなに大事なら投げつけるな」
そういい、ギターをもたせた。
「いいかーなんどもいうけどなー
ここはアパートで隣も下も色んな人が住んでるんだ。
寝てる人とかもいるからでかい音は立ててはいけないんだ」
というわけでしかたなくやってきました、近くの河川敷
隣の岸にたどり着くには結構な泳ぎ上手じゃないと難しいぐらいのデカい河川敷で
ジョギングをする人、犬を連れて歩く人など、頻繁ではないがぼちぼち人もいる。
そんな中、彼女は黙々とギターのチューニングをしている。
俺も音楽はそこそこやるんだが軽音はあまりしらないため
彼女にはこれはギターではなくベースだと指摘されるぐらいには知らない。
しかしいきなりベースを選ぶのもまた渋い選択やなぁと思う俺である。
絶望的に音感が終わってると俺はおもってたので果たしてベースが引けるのか。
チューニング自体は専用の機械があるらしく、それを利用してチューニングしているようだ。
しかしいい天気だ。
あまり陽に当たることはないのだが、別に陽に当たるのが苦手な訳では無い。
体調がいい日であれば素直に心地よく感じるときもある。
体調が悪い日は……目眩がしたりする。
ただ今日はそんなにわるくないというかかなり良い寄りだ。
チューニングするために鳴らす弦のおと。
散歩する犬の足音。
ジョギングする人。
弦をチューニングするために鳴らす乾いた音。
平和そのものである。
もっとも気分的にはこれからジャイアンリサイタルでも開かれるのかという
面持ちではあるのだが、アンプは残念ながら無いので
そんなに爆音になることもないだろう。
しかしまぁ片田舎の河川敷とはいえ、相変わらず人目を引く女である。
今日も外出ということで服は以前買ったTシャツジーパンだが
道行く人々がガン見して通ってくからなぁ。
「よし、できましたわ」
そういうと彼女はぐっと立ち上がり、ベースを構える。
少しの深呼吸から一気に演奏が始まる。
~♪~~♪
んー何処かで聞いたことあるような。
あー思い出した!
「かぁ~わいたぁ、心でかけーぬけてぇ~」
相変わらず歌声の音程は崩壊しかかっているが
演奏は……正直うまい。
通りがかりのおじいちゃんが
「お嬢ちゃん頑張りなよぉ」
と声をかけて通り過ぎていく。
そうして演奏が終わる頃には二人ほど立ち見客が遠目で見てるぐらいには
演奏が上手かった。
パチ、パチ、パチ、パチ
俺は軽く拍手をして彼女の演奏を称賛した。
「歌はともかくとして……演奏は上手かった」
そんな彼女といえば軽く肩で息をしている。
まぁ流石に演奏しながら歌うのはカロリーが高そうだ。
そして彼女は言った。
「そうでしたか、多少でも楽しんでくれたなら良かったですわ」
「しかし涼宮ハルヒとかよく知ってたな」
すると彼女は少し笑って
「貴方はいつもスマホでアニメよく見てましたからね。
検索したら『弾いてみた』というシリーズでありましたから」
俺が古のアニメを見ているという信頼感があるのも複雑な気分だったが
それにしても素晴らしい演奏だったと思う。
そして彼女は
「どうでしたか? 少しでも救われましたか?」
俺のことを救いたかったらしい。
不意打ちとはこのことか。
俺は動揺してしまったのか……体の体温がガッと上がるのを感じた。
……。
俺は心を誤魔化し、軽口を叩こうとした……がやめた。
「ああ、少しだけ救われた気分になったよ、ありがとう」
といったもののやはり少し恥ずかしくなった。
余計に体温が上がるのを感じる。
「あとは歌が良ければ完璧だな」
「歌は……精進しますぅ……」
とはいえ一体これだけの演奏一体どこで身につけたのだろうか。
ふと気になった。家で演奏しようとすればすぐに気がつくはずだが……
「実は夜中に最初は歌の練習をしていたのですが
途中でこのベースを拾ったものなので、色々調べてみて……
あとは夜中にここでひたすら練習してました」
「どのぐらい?」
「大体一月ぐらい……でしょうか……」
一月って……やばくないか?
God knowsって結構難しい曲扱いだとおもうんだが。
こんだけ上手いんならさぞかし弾いてて楽しいだろうなとも思う
うちがボロ家じゃなきゃ好きに弾いて楽しんどけといいたいところでもあるのだが。
俺は真面目に聞いてみた。
「俺の家から湧いてでたのは特に理由もないみたいだし
もっと住みやすい所に行ってもらってもいいんだぞ?」
「そうやって私を追い出そうとしてるんですか?! ひどいですぅ~!」
いつものように冗談っぽく言っていたが
俺の顔を見て彼女は言った。
「これは使命とは別ですが……一聖職者として貴方は救ってあげたいと思ってます」
「救ってあげたい……か……」
体温が上がるのを感じる。
「ぽんこつシスターの分際で偉そうなこといいやがって」
「もうまたすぐそういうこというんですから」
名も知らぬシスターはこちらの内心を見透かしたかのように
こちらを見てにやにやしつつも楽器を担いで帰り支度を始めた。
なおこの女が人の心を読めることを忘れていたのはまた別の話。




